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オーストラリアの思い出

2019.02.13 Wednesday

今日は2月13日の水曜日です。
私にとって13日の水曜日とは13日の金曜日以上に忌まわしき日で、それも2月13日の金曜日となればもう震え上がるぐらい恐ろしい日なのです。
そんなわけで今日は配送以外引きこもって大人しくしてました。

・・・

遡ること11年、2008年2月13日。
その時私はオーストラリアにいました。
まだ投資もしておらず語学研修目的で来たはずでした。ところが思わぬトラブルに巻き込まれて大変な目にあったのです。

11年前の今日、些細なきっかけだったと記憶してますが、同じ大学(京大ではない)から来たDQNに喧嘩を売られました。
うまいこと逃げ切ったと思いきや追いかけてきました。万事休す。そこから先は記憶がないですが多分喧嘩になったのでしょう、DQNともども拘束されてました。

あのDQNが何を言ったのか知りませんが、いつの間にかこっちが悪いことにされてました。
奴のほうが英語が得意なので今度はあっちがうまいこと言って逃げやがったようです。
語学学校の教職員の奴らも頼んなかった。ああ、オーストラリアってこういう国なんだな、と失望しました。

それから金をぼられたりお土産を買わせてくれなかったりいろいろあありました。DQNはというと何事もなかったように学校に復帰。
私はどうなったか?ご想像におまかせします。

・・・

投資家の間ではオーストラリアドルは高金利で有名ですが、その高金利は旅行者、留学生、ワーホリ等の犠牲の上に成り立ってるのです。
というわけで投資で旅費やぼられた分を取り返すことを決意しました。

結果、取り返せました!

YahooのFX掲示板でこの話をしたら「お前が悪いだけだろ、ファンダメンタルズと絡めるな」とかほざいてた馬鹿トレーダーがいましたが、どうぞそう思って損してくださいという感じです。
実際そいつはアメリカ大統領選の大相場で退場したのか掲示板から姿を消しました。
一方で私は豪ドル投資で無事に旅費と予想外のぼったくりを取り返しました。
どっちが正しかったか言うまでもないでしょう。

・・・

当時の写真が残ってるので、せっかくなのでいくつかピックアップします。
昔のガラケーのカメラですので画質はあまり良くありません。



車からの景色。オーストラリア到着の初日に撮影しました。(2008-02-03)







メルボルンの市街地。東京と比べると小ぢんまりしてるように見えますが、南半球で一番高いビルがあります。後ほど登場します。(2008-02-06)



馬車が走ってます。日本ではなかなか見られない光景です。(2008-02-06)



博物館か美術館。どっちか忘れました。(2008-02-06)



車からの景色。写真じゃわかりづらいですがこの日は天気が良かったです。(2008-02-07)



バスからの景色。フィールドトリップでフィリップ島へ向かう途中です。広大な牧場にたくさんの牛がいます。(2008-02-09)



海。青春を感じる風景です。(2008-02-09)

さて、この4日後に喧嘩を売られたわけです。
喧嘩した奴はこのトリップで一緒に行ったメンツの中にいましたが、トリップは無事にやり過ごすことができました。
残念ながら喧嘩を売られた時の写真はありませんが、13日は本来ならビーチに行く予定だったと記憶してます。



13日以降、別行動になって行動も大きく制限されてしまいましたが、それでもホストファミリーが融通を利かせてくれて私のことを気遣っていろんなところに連れて行ってくれました。今でもとても感謝してます。
写真に写ってるのはホストファミリーの子どもです。(2008-02-16)





記憶が曖昧ですが戦争の記念館だったと思います。背後に見える高いビルが南半球で一番高いビルだと思います。ちょっと自信がないので間違ってたらコメント欄で指摘してください。(2008-02-16)

ちなみにこの場所で私と子どもたちで一緒に記念撮影したのですが、プライバシーに配慮して載せるのはやめておきます。
写真を見てしみじみ思うのですがあの子たち大きくなっただろうなあ…。



オーストラリアよさらば。あまりにも早すぎる別れでした。(2008-02-18)

最高のクリスマスから1年(2日目)

2018.12.24 Monday

1日目の続きです。
最高のクリスマスから1年

好きな人とホテルでお泊りして朝を迎えました。
付き合ってるわけじゃないので指一本触れてません。(ここ重要!)





朝起きて写真をパシャリ。
曇ってるのが惜しいですね。



こちらはレストランのほうから撮った写真で、東京駅の方角になります。
手前に両国国技館が見えますね。

このあと朝食を食べました。第一ホテル両国の朝食はバイキングです。
ここでも写真を撮っておけばよかったなあ。

特筆すべき点はドリンクバーが機械ではなく昔ながらの大きい入れ物から注ぐ方式だったことです。
これは一見不便なように見えますが、ものがいいことを意味します。
良いジュースはドリンクバーの機械に入れると劣化してしまうためあえてこの方式を取っているのです。

第一ホテル両国は食事ひとつ取ってみてもここにしておけば間違いないというクオリティがあるのでデートにはおすすめです。
クリスマスなのでめちゃくちゃ高かったですが、普段はそうでもないです。


 


チェックアウトは11時なのでゆっくり過ごしました。
2日目は東京メトロ・都営地下鉄フリーパスが使えないので行き先と行く方法を話し合いました。

少しでも早くチェックアウトしてしまうと宿泊費がもったいないのでギリギリにチェックアウトしました。

ホテルをあとにして錦糸町に向かい、アルカキット錦糸町で買い物しました。
アルカキット錦糸町には日本一大きいダイソーがあります。
錦糸町で買い物したあとはJRの快速で横浜に向かいました。



山下公園はカップルでいっぱいです。
私たちもその中に混ざりましたが手は繋げません!



カモメ。



最後は横浜中華街、この2日間のクライマックスです。
どこも人が多かったですが、たまたま空きがあったフカヒレ屋さんに入りました。
店の名前は忘れてしまいましたが、もしかしたらレシートがどこかに残ってるかもしれないのでまた足を運んでみたいです。

思い出の場所に再び足を運ぶ趣味があるのでこの記事を書いてて行きたくなりました。
今度横浜に用事がある時までにはレシート発掘して行ってみよう。

もともと占いは行かない予定でしたが、この店にいる時に好きな人が手相占いに行くことを提案してくれたので行ってみました。
占いは1000円が多いですが、500円のところを見つけたので半信半疑で入りました。

占ってもらってみてびっくり!当たってるではないか!
この瞬間は私にとっての転換点になったと思います。この日まで占いなんてただの乱数とか、認知バイアスとか、そういうものだと思ってましたが、実際に手相占いでいろいろ当てられたことをきっかけに手相占いは実際に当たるものであると確信することになりました。

手相占いを生物学的に考察する記事についてはこちらを御覧ください。
手相占いはなぜ当たるのか

この時に相性も占ってもらわなかったことを後悔しています。
気まずくなるのを恐れてのことでしたが、この時に相性を占ってもらったら占い師の人が良い方に結びつけてくれたのではないかと思ったりもするのです。
後日またここに足を運んだことは秘密です。
なお、行く末に関しては悪い結果ではなかったので待てば海路の〜ではないかと思います。(楽観しすぎ?)

そしてついに夢のような2日間が終わり、新横浜駅で見送りました。
新横浜駅構内にはスタバが2つぐらいあり、これまで新横浜に来た時はガラガラなことが多かったので新幹線の時間までスタバで待つつもりでしたが、こんな時に限ってスタバが満員だったので改札の近くでこの2日間のことを話しました。

「最高のクリスマス、夢のような2日間だったよ」

「それ何回も聞いたから」

こんな会話をしてたのがまるで昨日のことのよう…。

そして16時40分頃、改札へと吸い込まれていきました。
ほどなくして私も横浜線の八王子行きに乗り込み、帰途に着きました。
帰りの電車の中で占い師の言ってたことを忘れないうちに必死にメモしました。
これだけ人の話を真剣に聞いたのは初めてかもしれません。

ところで占い師の名前に関しましては伏せさせていただきます。
占い業界は大変泥臭い世界らしく、同業者による嫌がらせ等で迷惑が掛かってはいけないためです。
また、単純に行きつけの占いが混んだら嫌だというのもあります。

私をこの手相占い師が気に入ってますが、もし悪い話をされた時はセカンドオピニオンで他の占い師のところにも足を運ぶつもりです。
手相占いはよく体系化されており、手相が明瞭な場合はどの占い師でもほぼ同じ結果になりますが不明瞭な場合は占い師によって判断が異なったりするようです。

・・・

1年前のクリスマスを懐かしんでますが、今年のクリスマスはぼっちです。
連絡は取り合ってますが良い友達という関係です。

今の関係性が実は一番いいのかもしれません。
そんなことを考えたクリスマスイブでした。

皆様はどんなクリスマスイブを過ごしましたか?

最高のクリスマスから1年

2018.12.23 Sunday

去年の今日、好きな人と最高のクリスマスを過ごしました。
お泊りしましたが付き合ってるわけじゃないので指一本触れてません。

永久に片想い?

今年はというと多忙と金欠のため会えませんでしたが、また来年のクリスマスかできればもっと早くにでも会えたらなと思います。
なんか10年待っても付き合えそうな気がしませんが。

・・・

当時の写真があるので夢のような2日間を振り返ってみます。



当日の朝は早いので前日に池袋に行って一泊しました。
写真はサンシャイン池袋です。

翌朝池袋で無事合流し、池袋駅の西口側にある朝から開いてる喫茶店に入りました。



池袋から副都心線に乗って北参道で降りました。
明治神宮の森の中をくぐり抜けて原宿に出ました。



原宿の次は渋谷。
まだ時間がだいぶ早かったのでスクランブル交差点に人は少なく、店も開いてませんでしたのですぐに渋谷をあとにしました。
渋谷で店やってたこともあるので懐かしかったです。



青山。駅を降りたけどどこも閉まってたのでまた電車に戻りました。







霞が関で降りて桜田通りを進み、桜田門から皇居に入って丸の内に出ました。
何かイベントをやってたのか人がたくさんいました。



東京駅。中でいろんなお店に入り、そして八重洲に出ました。
銀座を散策してから今度は品川へと向かいました。



品川のマクセルアクアパーク。結構有名な水族館です。
ここに行くまでが結構大変で、東京メトロが品川まで来てないことを知らなかったので泉岳寺駅からかなり歩く羽目になりました。
もしこのミスをやらかさなければ付き合えてたかもしれません。(それはない)

水族館のチョイスは正解でした。
とても幻想的で楽しませてくれました。

水族館を出たあとは高輪台駅まで歩き、今度は築地へと向かいました。



築地はすごく人が多かったです。
回るすしざんまいに入る予定でしたが満員でしたので虎杖マーケットというお店に入りました。
築地の店は当たり外れがあり、ハズレを引くと食中毒の危険があるそうですがこの店は当たりでした。
海鮮丼を食べる前に写真撮っておけばよかったなあ。



チェックインの時間になったのでホテルに向かいました。第一ホテル両国です。
クリスマスなのでめちゃくちゃ高かったですが、高いだけの価値のある良いホテルでした。
見ての通り部屋からの眺めは最高です!





ホテルでちょっと休憩してから浅草の雷門へ。
好きな人のお土産を一緒に探しました。
パンダがちょっとしたブームになっていたのでパンダにまつわるお土産を探したように覚えてます。







生まれて初めてスカイツリーの展望台に行きました。
東京の夜景は見ての通り圧巻です。
写真2枚目には東京タワーも写ってます。

順番待ちがすごく長かったので前売り券を買っておかなかったことをちょっと後悔しました。
前売り券を買ってたら付き合えてたかも?(ないない)



丸の内のイルミネーション。



夜の東京駅。
ここでこれから飲みに行こうという話になり、慌てて開いてる飲み屋さんを探しました。
すると浅草橋の鳥貴族が開いてることがわかったので早速浅草橋へ。

写真はありませんが、酒が入ると会話が弾みます。
今までの人生で一番幸せな飲みでした。
昔の学校の話とか、あとから上京してきた同級生の話とか、いろんな話をしました。



終電は過ぎてたので歩いて両国のホテルに戻りました。



ホテルからの夜景。左にスカイツリーが見えます。
このあと別々にお風呂に入り、別々のベッドで眠りにつきました。

・・・

とても濃い1日でしたのでまるで昨日のことのようです。
2日目に続きます。

MEGWIN TV終了か?

2018.12.14 Friday

12月に入り、最初は妙に暖かいなと思ってたら急に寒くなりました。
あまりに急激な気温変化に衣替えが追いついてない人もいるかもしれませんが、皆様体調を崩さぬよう気をつけてお過ごしください。
なお、私は馬鹿なので多分大丈夫です。馬鹿は風邪ひきませんから。

・・・

有名ユーチューバー、MEGWIN TVが何やら大変なことになってるようです。
MEGWIN TVはユーチューバーの中でもかなりの古参で、10年以上の歴史があるようです。
私がMEGWIN TVを知ったのはいつなのか覚えてませんが有名になってからだったと思います。
メンバーのキャラが立っていたりアウトドア系のワイルドなネタが多かったのでよく見入ってました。
また、MEGWIN TVの事務所は八王子にあってわりと近場なのでいつかお仕事の関係で会えたらいいなとも思ってました。

そんな矢先のことです。
MEGWIN TVに毎回出演していたメテオさんとファルコンさんが脱退しました。しかもクビとのこと。
クビだというのはシバターさんの動画を見て知ったことですが、まさかシバターがミスリードしてんじゃないだろうな?と事実関係を確認するためにメグウィンさん、メテオさん、ファルコンさんの動画を改めて確認しました。

うーん、、、やはりこれはあかんやつですね。

ファルコンさん、メテオさんによる内情を赤裸々に暴露した動画が出ています。



一方、こちらは社長の動画。



「MEGWIN TVはチームや仲間ではなく、会社です」だって。

は????????
意味わかりませんね。

会社とはチームのことであり、社員は仲間じゃないんですか?
どうやら社長はメテオさん、ファルコンさんを駒としか考えてなかったようです。
これは暴露動画でも言及されてますし、社長の謝罪動画でもはっきりにじみ出てますのでそうなのでしょう!

MEGWIN TVの過去の動画をいくつか見てると悲しくなってきました。
動画の中ではすごく楽しそうにしてるメテオさん、ファルコンさんの笑顔が作り物だとは考えたくないです。

考えてみれば少し前からこうなる兆候はあったように思います。
まず1年ぐらい前から面白いものを作ろうとしてスベってるような感じになってきましたし、メグウィンが怒ったり作り物には見えないイジメっぽいネタが目立つようになりました。
突然チャンネル名がMEGWIN TVから小豆がどーたらといったわけのわからない変な名前に変わった時はハッキング被害にあったのかと思いました。

そしてバンディさんの結婚による寿退社がありました。これも実際のところ寿退社かどうかというと実に怪しいです。

・・・

5年以上前、京大の退屈なクソ研究室でMEGWIN TVを見て楽しそうで羨ましいなあと思ったものです。
ところがその内情がクソ研究室と大差なかったというのは非常に残念です。
私も当時、研究室の中では落ちこぼれのような扱いでしたが外では成功者のように振る舞い、内心嫌っていたクソーリンを立てるようにしてました。
当時のMEGWIN TVは今ほどギクシャクしてなかったのかもしれませんが、もしかするとファルコンさんやメテオさんも同じ気持ちだったのかもしれません。

なんというか、楽しそうに見えるユーチューバー界も決して夢の世界ではないということですね。
そもそもVALU騒動やオフ○コ騒動、そしてユーチューバー同士のいがみ合い叩き合いなど泥臭い話題には事欠かない業界ですが、だからこそせめてチーム内では仲良しこよしであるべきではないかと思うのです。

考えてみてください。自分たちが動画制作を楽しまずしてどうやっておもしろい動画を作れるのでしょうか?
これまた私ごとですが、クソ研究室の頃はミーティングに追われたり怒られる恐怖で研究をやってたのでモチベーションなんてあってないようなものでした。だから当然おもしろい発表なんてできたもんじゃない。
メグウィンにせよ、クソーリンにせよ、この二人にはどうやら本来面白いはずのものをつまらなくしてしまう才能があるようですね。

そうそう、メグウィンが原点回帰とかほざいてる動画があります。



再生数、再生数って(笑)
クソーリンが論文論文言ってたのと重なって見えますね。

こんなことやってるからダメなんだよ。
私が店を始めた頃は月の売上が2000円だったりしましたが、売れない時があってもゆる〜く自分がいいなと思うものを売ってたらいつの間にか売上が何十倍にも伸びてました。
まあこんなもんです。目先の再生数ばかり追いかけてもスベるだけですよ。

原点回帰は事実上の終了宣言と言えるわけですが、ファルコンさんとメテオさんはユーチューバーとして引き続き活動されるようですので今後の活躍に期待したいと思います。
この二人はとても良いセンスと高度な編集力があるのできっとこのピンチを切り抜けられるでしょう。

・・・

さて、懸念されるのは似た騒動が今後他のユーチューバーチームでも起こりうることです。
MEGWIN TVでパワハラによる事実上のクビがあったということは理系ユーチューバーチームのすしらーめんや水溜りボンドで今後アカハラが絶対に起きないとは言い切れないでしょう。

すしらーめんや水溜りボンドが国から科研費をもらって動画を作るようになったりすればその蓋然性は高まります。

え?ユーチューバーが科研費もらえるわけないだろって?

そりゃあ私のような日頃から悶蚊症と大学を叩きまくってる人間が思いつきでユーチューバーをやってもダメでしょう。
ところがすしらーめんや水溜りボンドぐらい有名で社会に対して影響力があると悶蚊症や大学の方から札束ビンタしてきます。

もしすしらーめんが札束ビンタで科研費をもらって動画を作ればこれはもうNHKのような超ハイクオリティの動画ができ、あのでんじろうが付いてる水溜りボンドさえ圧倒するでしょう。
多分こうなったら水溜りボンドや他の理系ユーチューバーも科研費を申請するようになり、通らなかったユーチューバーは淘汰されてしまいます。

ところが視聴者はハイクオリティな動画にはすぐに慣れてしまいます。
科研費で動画制作のほとんどを外部に丸投げすることで編集能力が失われ、かつての自由な発想も失われ、つまらなくなって誰も見なくなります。

こうしてチャンネルが落ち目になった時に悶蚊症は「科研費がなければもう動画再生収入だけで食えねーだろ? 動画を作ることもできねーだろ? カットされたくなかったら俺達の言うとおりの動画を作れ」と恫喝してくるでしょう。

こうなったら大学同様利権まみれ捏造まみれアカハラまみれになって理系ユーチューバーというジャンル自体が終わります。

・・・

動画再生収入で研究を行う理系ユーチューバーはネオアカデミズムと言えるもので、悶蚊症や大学が主導で税金じゃぶじゃぶ利権汚職‬腐敗まみれのレガシーなアカデミズムに取って代わるものとして期待しています。
水溜りボンド、すしらーめんをはじめとした理系ユーチューバーはMEGWIN TVを反面教師に分裂したり目先の再生数に固執することなく、また国のお金に頼ることもなく制作者自身が純粋に楽しいと思える動画をこれからも出してもらえたらなと思います。

東京で過ごす4回目の誕生日

2018.11.25 Sunday

今日は何の日?フッフー

私の誕生日でした。
ちなみに椎名林檎も今日が誕生日です。

あーあ、ついに私も30歳ですよ。
20代、長かったようで短かったなあ。10代はわりと長かったが。
なんだか成人式がまるで去年のことのようです。

・・・

10代を振り返ってみると、子どもから大人になっただけでなく成績劣等者から成績優秀者に成り上がった10年でもあるので大変変化に富んだ10年間でした。
それと比べると20代は変化に乏しいですが、それでも全く退屈しないほどにイベントが盛り沢山でした。

20〜22歳は私立大学生物学科にいました。大学に迷惑がかかってはいけないので大学名は伏せさせて頂きますが、成績優秀者の夢を見させてくれたいい大学でした。
ただ大学のネームバリューがなく、また生物学よりも化学に興味が出てきたため京大に行くことを決めたのは20歳の頃でした。

22歳の時に京大の院を受験して無事に合格しました。1浪して紆余曲折はありましたが、念願の京大生になれたわけです。
ところが入ってびっくり、天下の京大に似合わないような品格の教授や学生がアカハラをしてきました。
今の私だったらここで損切りをしたでしょうが、当時は1浪までして入ったのであきらめるわけにもいかずどうにか粘りました。
完全に研究意欲も削がれましたが修論は惰性で乗り切りました。まあ半分やり逃げみたいなものでしたが。
この努力が正しかったのか、評価が分かれるところです。経営者仲間からの評価はいいが投資家からの評価はすこぶる悪い。答えが出るのにまだ10年はかかるでしょう。

店を始めたのは24歳の頃でした。京大のM2の時で、インターンで東京に行ったのがひとつのきっかけとなったように覚えてます。
今でこそ東京での生活を維持できる程度には売上がありますが、開業当初は月の売上が2000円もザラでもちろんアホ教授とバカ学生はもちろんこれをネタにいじってきました。

25歳になってようやく理不尽なクソ研究室から解放されました。よし、これでやっと商売に集中できる。そう思ったのが甘かったね。
売上が伸びず金欠が続いたことに加えて家の中の居場所がなくなっていく。なんか邪険に扱われてるような気がする。

こういうことが積み重なってついに家にいるのが嫌になって2015年2月に自転車で上京しました。26歳の時でした。
どこかに出て行くということはその1年前、つまり京大を出た直後に一度検討したのですが条件が合わずうまくいきませんでした。
今度は住む場所も決めずにいきなり上京です。途中、真夜中の墓地に迷い込むという恐怖体験もしつつ6日かけて東京にやってきました。
ネカフェや知人宅に泊まりながら家探しをするというなんとも過酷な旅で、トラブルもいろいろあり、初っ端から辛かったです。

上京して間もない頃は金欠と孤独で京大の頃といい勝負なぐらい辛くて帰りたくなったりもしましたが、だんだん友達もできて東京が気に入りだして都会生活をエンジョイするようになりました。
26歳はとにかく婚活を頑張ってました。おかげで結婚話が出ましたがあっけなく破談に。
27歳で紆余曲折の末に婚活の失敗を認めることになり、長く続けてきた婚活を一旦中断して結婚を完全にあきらめるか既に出会った中から探すという方向に切り替えました。

また、26歳は投資を始めた歳でもあり、27歳は投資家として戦略を確立していった歳であります。28歳の時にその戦略は成功し、29歳の時に今度はそれが仇となって大損してしまいました。
本業のほうは月ごとで見ると波があるものの年で見ると売上はコンスタントに伸びており、最初は指数関数でしたが現在は鈍化して直線的な緩やかな伸びになっています。
一体あと何年で私は風船界の前澤友作になれるのでしょうか。

20代最後の29歳は好きな人と東京・横浜クリスマスデートに始まり、2018年に入ってからは株暴落やNEM盗難事件、トルコショックで多くの損失を被ってしまいました。度重なる自然災害も売上を落ち込ませましたが、前半の売上があったおかげで年間を通しての売上は去年を大きく上回ってます。ただ株や為替取引で損を出してしまったのが痛いです。

さて、本日は(書いてるのはもう26日だが)人生の重要な節目に相応しい出来事がありました。
それは別のアプリを開発する仕事が舞い込んできたことです。
これは風船と直接関係ないので本業優先であくまで暇な時に作っていくものですが、当店のアプリやサイトの技術がかなり転用できるのでちょうど良かったです。

なお、現在当店のサイトとアプリは水面下で統合作業を進めており、商品検索の精度と使い勝手を改善して探している商品をすぐに見つけられるようにする予定です。
サイトの表示も若干ですが速くなると思います。

・・・

30代最初の1年は売上をもっと増やし、風船界の前澤友作に向けた一歩を踏み出していこうと思います。
20代の10年間は全体を通して金欠で、常にほしいものが一部しか手に入らず場合によっては三度の飯にすらありつけないような生活を強いられてました。
かつて京大の同じ研究室で過ごした同年代のアホカスにもおそらく所得水準では何倍も、もしかすると10倍ぐらい負けてるでしょう。要領の良さしか取り柄のない人間のクズのほうが良い生活ができるのは間違ってると思いますし、負けてるのは悔しい。

次の10年はかつて落ちこぼれからトップに君臨した10代のようなゴボウ抜きを再現することを目標にしていきます。
もしかすると10年後の40歳の誕生日は宇宙空間で迎えてるかもしれません。

グラビアアイドルを恣に抱きまくったグッドウィル会長の折口がスピード違反で逮捕というあまりにも情けない末路を辿りました。日産のゴーンもそうです。
名高い成功者が一夜にして転落するということはその逆も言えるわけで、上がるほうは一夜というわけには行きませんが落ちこぼれから成功するチャンスはいくらでもあります。

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