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国立大学は無駄であるばかりか有害だ

2021.08.30 Monday

東京都品川区、白金高輪駅で男性が硫酸をかけられる事件がありました。
たまたま近くに居合わせた女性も巻き添えで硫酸がかかりました。

都内でも有数の裕福な地域だったことから、当初は妬みによる富裕層を狙って通り魔だろうと思ってました。
しかし捜査が進むにつれて犯人の名前や被害者との関係が特定され、そして昨日ついに逃亡先の沖縄で逮捕されました。

犯人は静岡大学の学生、花森弘卓です。
被害者は琉球大学のサークルの後輩で、在学中にアカハラがあってその続きか反撃で事件が起こったと考えられます。

私はこの事件が発生した当初から大学生または院生の犯行ではないかと予想していました。
今回の記事では事件が発生した背景や、「うちの学生だ」と名乗り出なかった静岡大学の無責任体質、そして税金を投入した教育が無駄であるということについて述べます。

・・・

以前から何度も記事に書いてますが、私は京大大学院の在学中にアカハラを受けており、こういう事件とは常に隣り合わせの状況でした。

京アニ事件の時に次は京大が事件現場になるかもしれないという記事を書きました。
次は京大が事件現場となるか?
私は京大の宇治キャンパス、化学研究所に2年半いましたが、このような事件が起こる下地は十分にありました。
思い出すと本当に恐ろしいです。

大学内には凶器となるものがたくさんあります。
フッ化水素酸、有機溶媒、爆発物、有毒ガス、NMRの液体ヘリウムや液体窒素などどれもぶちまければ大ごとです。
そしてアカハラが到るところで発生しているため、いつかそれが火種となってヘキサンとフッ化水素酸とニトロベンゼンを撒いて火をつける事件が起きないとも限りません。
そこまで派手な事件でなくとも毒を盛るぐらいのことは十分に有り得ることです。


硫酸よりも遥かに危険なフッ酸を扱っていたためフッ酸によるアシッドアタックにも言及しています。
フッ化水素酸と核開発の関係

京大宇治キャンパスでテロが発生し、京アニのように丸ごと燃えるような状況を想定した避難マニュアルまで書いてます。
京大宇治地区でテロがあった場合の避難方法

要はこんな記事を書かないといけないほど大学は落ちぶれているということです。
そして予想していたとおりアカハラを発端とした事件が起こってしまいました。

それも大学の外で一般人を巻き込む形でです。

・・・

花森弘卓の地元は静岡で、生物学者を目指していたことから琉球大学農学部へ行きました。
しかし両親が相次いで他界した影響で2020年3月に静岡大学農学部に3年次編入する形で地元に戻ってきました。
ということは留年してなければ現在は4年生だったことになります。

被害者の男性は琉球大学の映画サークルの後輩だったようです。
おそらくサークルでアカハラやトラブルがあり、その続きか反撃で事件が起こったのだと思われます。

そして硫酸は静岡大学から持ち出したと思われます。

・・・

一番悪いのはもちろん花森ですが、琉球大学と静岡大学にも重大な責任があります。
未だに琉球大学も静岡大学もだんまりを決め込んでいるのはどういうことでしょうか。
硫酸の持ち出しを許したであろう静岡大学に至っては犯人が見つからなければこのまま黙ってるつもりだったようです。
事件の発端となった琉球大学も監督責任を果たしてなかったためにアカハラが発生し、それが大学を出た後も継続してしまったと言えます。

琉球大学と静岡大学は一体何を教えてたのでしょうか。

こんなことを言うと「大学は学問をやる場所であって人間性や一般常識、倫理観を教える場ではない」と言う人がいます。
本当にそうでしょうか。高度な知識や技能にはそれに見合うだけの人間としての高潔さが伴わなければなりません。
どんな高性能なエンジンを積んでいてもブレーキが効かない車はただのゴミです。
人格を育てずに知識と技能だけ詰め込むのは碌な結果を生みません。
高度な知識や技能は人間としての高潔さがあってはじめて価値があります。

大学には知識と技能だけでなくそれを社会のために正しく使うことを教える責任があるのではないでしょうか。
静岡大学も琉球大学も国立大学であり、多額の税金が投入されています。
それは社会的見返りを期待してのはずですが、犯罪者やテロリストを輩出するのであればそれは全くの無駄であるばかりか有害と言えます。

花森弘卓は静岡大学の特待生だったため授業料は免除されていて、年間200万円の税金を食いつぶしながら大学に通っていたと思われます。

・・・

国立大学の腐敗は今に始まったことではありません。
オウム真理教事件にも多くの国立大学学生や卒業生が参加しました。
このような異常な行動をする人物が「一部の例外」ではないことは私がこの目で見てきました。
人格破綻者が人格破綻者を再生産する地獄がそこにはあったのです。

人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべき

腐敗はもうどうすることもできません。国立大学なんか解体するしかないのです。
政府が「稼げる大学」だの言ってますが、大学が稼げないのはそもそもコストに見合うだけの価値を創出できてないからに他なりません。
税金投入でしか維持できないような国立大学は社会のお荷物であり、単なるお荷物ならまだしも治安の脅威という害悪まで撒き散らしています。

解決策は単純で、国立大学に対する支援を全部やめて私学の補助金も廃止することです。
奨学金も民間のもので十分です。

政府も本音は国立大学を切りたいでしょうから、民意がそれを後押しすれば国立大学の解体は十分可能だと思います。
一番ダメなのは国立大学関係者の「基礎研究が」「科学が衰退する」という論調に騙されて民意が国立大学の存続に賛成してしまうことです。

基礎研究は民間で十分できますので科学は衰退しません。
民間が基礎研究をやらないのは国立大学にそれを奪われてるからに他ならないのです。

具体的な国立大学解体ビジョンは過去記事に書いてますのでご参照ください。
NHK、国立大学解体後の組織再編案

人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべき

2021.07.23 Friday

東京2020オリンピックがついに強行されることになりました。
そして小山田圭吾、のぶみ、ラーメンズなどボロが次々に出て炎上聖火リレーの様相を呈しています。

今回の記事では彼らの炎上、特に小山田圭吾に絞って人の上に立つことの重大さについて取り上げたいと思います。

・・・

小山田圭吾はコーネリアスというバンドに所属し、オリンピックの開会式の曲を担当するはずでした。
しかし1995年に投稿した雑誌の記事で義務教育の頃にいじめをしてたことを自慢していたためそれが蒸し返されて炎上し、曲の制作から外れることになりました。
雑誌に投稿したのは27年前、いじめは40年前の話です。かなり昔のことなのでSNS上でもいいのでしっかり謝罪すれば許された可能性も高かったでしょう。
ろくに謝罪もせず辞任で終わらせようとする態度も炎上に油を注ぐことになりました。

大昔のことを蒸し返されてかわいそうだと言う人がいますが、小山田の悪行は業界では有名でした。
私も以前存在した「クソガキどもを糾弾するホームページ」を見ていじめをやってたミュージシャンの存在自体は知ってました。

コーネリアスこと小山田圭吾の悪行(ウェブアーカイブ)

おそらく雑誌に掲載された後も音楽仲間にはいじめを武勇伝のように自慢してたのでしょう。

・・・

小山田のファンの中には擁護する人も少なくないようで、ツイッター上ではそれが論争を巻き起こしています。
例えば「作者と作品は別」という論調をここぞとばかりに吹聴する者が多数出てきました。

この意見に対して私は「クソが作ったものは問答無用でクソ」だと考えます。
コーネリアスの曲をユーチューブで聴いてみましたが特にいい曲とは思えませんでした。
これが小室哲哉のような作風なら結末もまた違ったかもしれません。

実際に小室哲哉は逮捕されたことがありますが、現在では復帰していてファンもたくさんいます。私も小室哲哉のファンです。
小室哲哉はそれほど問題のある人物ではなく、単に世渡りが下手だったためにトラブルに巻き込まれたのだと私は考えてます。
本当に小室哲哉が悪人ならあれだけのヒットを出すことはできなかったでしょう。

翻っていじめをするような心の汚れた人物に良い芸術作品が作れるでしょうか。答えはノーでしょう。

これは小山田から炎上聖火が引き継がれたのぶみを見てるとよくわかります。
のぶみは絵本作家ですが、子どもに読ませるには大いに問題のある絵本を書いてるため子育てをしてる人からは蛇蝎の如く嫌われています。
のぶみの絵本を読んだことがありますがどれもこれも酷いものでした。いくつかまともな本もあると思ったら今度はパクリだったというオチ付きです。

のぶみがクソであることはのぶみの作品がクソであることとセットだという意見に多くの人は異論がないと思います。
ところが小山田に関しては彼の音楽が好きだという人が一定数いて、それがどうやら「作者と作品は別」という派閥と、「作品が悪くないので作者も悪くないはずだ」という派閥に分かれているようです。

歴史上の芸術家の中に性格に問題があったと言われてる人は少なくありません。
生きてないことをいいことに事実とは異なる人物設定を付け加えられたケースもかなりあると思われますが、それが事実だったとしても作品に対する評価は揺るぎないものがあります。
このことから、作者と作品を分けて評価する論調にも一定の社会的コンセンサスがあるようです。

・・・

では小山田が小室哲哉のような万人受けする曲を作っていたら辞任しなくてもよかったのでしょうか。
それもまたノーです。

オリンピックの開会式の曲を作曲するとなればそれは日本を代表する作曲家として名乗りを上げるも同然です。
東京2020に参加することはどうやら不名誉な経歴になりそうですが、本来であればオリンピックに携わるのは他の作曲家から眺望の眼差しで見られるようなことです。
そして本来であればこの経歴はキャリアとなり、オリンピック後は多くの作曲家を指導する立場になっていくことでしょう。

このことはすなわち人の上に立つということに他なりません。
人の上に立つということは他人の人生や社会に大きな影響を与え、多くの人のお手本になるということです。

お手本になる人がいじめをするような人でいいでしょうか?

いい訳ありませんね。
作曲に限らず、人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべきです。
これは日頃から批判している国立大学の教員にも当てはまります。

性格が悪くても研究実績さえ上げてたらいいという話ではないのです。
地位にかこつけて多くの学生や研究者を指導する立場であるからこそ人間としての高潔さが求められるのであり、それなしにはいくら研究能力に長けていても地位を与えてはいけません。
もし地位にかこつけてハラスメントを行うような者がいたら直ちにその地位を剥奪すべきです。

・・・

また、人の上に立つということはその下にいる人の責任まで引き受けるということでもあります。
小山田はいい歳ですので既に多くの後輩を指導されてることでしょう。もしその後輩がいじめなどをしていたらそれは小山田の責任でもあります。
音楽にしても学術研究にしてもろくでもない指導者のもとでろくな人間は育ちません。
負の連鎖を起こさないという意味でも人の上に立つ人間は高潔でなければならないのです。

冬の沖縄旅行記 3日目

2021.07.08 Thursday

冬の沖縄旅行記 1日目2日目の続きです。

気づけばあれから半年近くなりますが、本日7月8日は那覇の日なので今日で沖縄旅行の記事を完結させます。


沖縄に来ることは滅多になく、次がいつになるかもわからないので1日目と2日目でお土産を大量に買いました。
ここに写ってる他にさらに空港でも買ったのですが、これだけ買っても帰ってから2週間ぐらいで全部なくなりました。
チンアナゴドロップは好きなツイキャス配信者に贈るお土産です。

これだけお土産があると荷物をまとめるのも大変です。
お土産が破損しないように荷物の詰め方を工夫しました。

ホテルのチェックアウトは11時、飛行機の出発は13時です。
そして12時にはゆいレールフリー乗車券の期限が切れるので急いで空港へと向かいます。

・・・と言いたいところですが、空港へ向かう途中で行きたい場所があったのでそこに立ち寄ることにしました。



はい、何の変哲もない公園ですね。


ん?



漫湖公園、なんと素敵な名前の公園でしょうか!

この公園は桜、藤、ハイビスカスなど多種多様な花が植わっていて見頃になると写生大会が行われるそうです。
沖縄と言えどもさすがに冬だと花はポツポツとしか咲いてませんでした。

このすぐ近くには漫湖という湖があります。漫湖にある公園だから漫湖公園、そのまんまですね。
漫湖水鳥・湿地センターという博物館的な施設もあるので行ってみたかったですが、あいにく時間がないので空港へと急ぎます。
漫湖公園は空港からあまり離れてないので、帰るまでのちょっとした時間つぶしにはおすすめです。

次回来た時は漫湖水鳥・湿地センターに行ってみようと思います。

・・・

フリー乗車券の期限が切れる前に無事空港に到着しました。


沖縄うどん。ラフテーが入ってます。

まだまだ時間があるので前述の通りお土産を追加で買いました。
そしていよいよ飛行機に乗り込みます。


行きはスカイマークでしたが帰りはピーチです。また、行きは羽田空港から出発しましたが帰りは関西国際空港行きです。
つまり、広島の時と同じく実家に帰るということです。


那覇空港は滑走路を自衛隊と共有してますので、自衛隊機や自衛隊の格納庫が見えます。
陸海空、全ての自衛隊施設が那覇空港にあります。


さらば沖縄、また会う日まで。


何やら美しい島が見えます。手前から神山島、クエフ島、ナガンヌ島、奥に見えるのが前島とその周辺の島です。
どれもとても綺麗な島のようなのでいつか行ってみたいです。


あっという間に飛行機は雲の中へ。飛び立ってから7分程度ですが、もう美ら海水族館の近く、伊江島の沖に差し掛かってました。


徳島上空。広い谷を流れる川は吉野川です。
なんか既視感のある景色だなと思ったら、2008年にオーストラリアに行った時の帰りにもこの景色を見たのでした。
この景色を見ると「ああ、もうだいぶ帰ってきたんだな・・・」と思いますが、2008年のそれは帰ってから怒られることが約束されていたため、かなり気が重かったです。

今回はもちろん帰ってから怒られるようなことはありませんが、ちょっと嫌なことを思い出してしまいました。


明石海峡大橋。小さく見えますが実物は巨大です。


神戸空港。このすぐ近くを通ってぐるっと旋回して関西国際空港に着陸します。

2時間のフライトはあっという間でした。
実家に帰るにはここからさらに3時間かかります。

関空特急はるかは運休していたようなので鈍行で帰りました。


JR京都線の車窓から。

家についた頃には18時を過ぎてました。

・・・

今回の沖縄の旅はあっという間でしたが、冬場ということもあって観光客も少なくのんびり楽しむことができました。
是非来シーズンも行ってみたいです。
美ら海水族館など同じところに行ってみるのもいいですが、沖縄本島だけではなく周辺の島々を訪れたり、さらに数百キロ足を伸ばして石垣島や宮古島にしてもいいなと思いました。

また、今回は前回の広島と違って完全なる一人旅でした。
一人旅ってこんなに楽しいんだなあと気づいたのが今回の旅の大きな収穫であります。

関西圏や関東圏の一人旅はよくしてましたが、一緒に行く人がいないので仕方なく1人で行ってるようでどことなく寂しさを感じる旅になりがちでした。
しかしこの沖縄旅行は1人でも全く寂しくなく、むしろ1人でいることを最大限に楽しめました。

これは沖縄が一人旅に適しているのか、それとも歳のせいなのでしょうか。

冬の沖縄旅行記 2日目

2021.05.31 Monday

だいぶ間が開いてしまいましたが、冬の沖縄旅行記 1日目の続きです。

1月16日、この日は今回の旅のメインでもある美ら海水族館へと足を運びます。


乗車する那覇バスターミナルは旭橋にありますので、ゆいレールで2駅隣りの旭橋へと向かいます。
朝9時36分にホテルを出ました。


美栄橋駅から撮影。遠くにタワマンが見えます。
住んでるのは本土からの移住者でしょうか。

旭橋でバスに乗り込み、美ら海水族館への長い旅が始まります。
普段夜行バスは年間10往復以上とかなり高頻度に利用しますが、昼間の高速バスはめったに利用しないのでとても新鮮でした。
バスからの景色を眺めてるだけでいくつものおもしろい発見がありました。


那覇はタワマンが立ってるほどの都会ですが、沖縄の大部分の土地は本土と同じく田舎です。
バスが沖縄唯一の高速道路である沖縄自動車道に入るとあっという間に田舎の景色に変わりました。

しかし本土とは少し様子が違います。
本土は比較的険しい山が多いですが、沖縄はこの写真のように山がなだらかで平坦です。
これは地質活動があまり活発ではなく浸食が優位な状態であるからと考えられます。

沖縄諸島はフィリピン海プレートの沈み込む場所にあり、かつては活発な隆起や火山活動があったのでしょう。
しかしある時プレート同士の力関係が変わったことにより沖縄の火山は鳴りを潜め、本土や小笠原諸島がその分活発になったようです。
地質活動による災害がないのはいいことですが、台風には毎年見舞われるため遠い未来に沖縄は浸食されてなくなってしまうかと思うと少し寂しいです。

また、バスの車窓からは時々米軍の車両をお目にかかることができました。
もっとも米軍車両は東京の横田基地近くで見慣れてますのでさして珍しいものではありません。
しかし沖縄にあって東京にはないものがあります。それは米軍基地反対運動です。

今までテレビやネットでしか見たことのない米軍反対の看板や垂れ幕を途中で何度も見かけました。
米軍反対の看板は横田基地周辺で探しても決して見つからないものです。なぜ沖縄ではこれだけ米軍が嫌われてるのか不思議に思いました。
その理由は帰りに明らかになります。

・・・


バスの中で沖縄音楽を聞いたり沖縄の歴史や人々の生活について思いを馳せてるうちに沖縄海洋博記念公園に到着しました。




海の生物をモチーフにしたオブジェがありました。
1月とは思えないぐらい花がきれいに咲いてます。


向こうに見えるのは伊江島です。
島の真ん中に乳首のように山がありますが、沖縄本島の地形と同じく全体的に扁平です。

ここから水族館の中に入っていきます。




水槽の魚の写真を取るのは結構難しく、デジカメで撮影するとなぜか青みがかかってしまうことに気づきました。
そこそこ高性能なデジカメを持ってきましたが、なぜかスマホのほうがきれいに撮れるようです。
この3枚の写真を含めて水族館ではスマホのカメラで撮影することにしました。


スイミーのモデルとなった魚でしょうか。
赤い魚に混ざって黒い魚がいないか探しましたがいないようです。


みんな大好きチンアナゴ。


美ら海水族館のシンボルのジンベエザメ。とても巨大です。
海水浴や釣りをしてる時に会ったら絶望しそうですが、攻撃性は低く人を襲うことはほとんどないとのこと。
サメでありながらサメらしい凶暴さがないことがジンベエザメが愛されてる理由でしょうか。


エイの赤ちゃんの骨。可愛いく見えたので思わず写真を撮りましたが、骨になってるということは死んでるということなのでこの形は死の直前の体勢なのでしょう。
それがどういう状況だったか想像すると可愛いと言ってしまうのは罪なことのように思えてしまいます。


上から差し込む光が幻想的で、魚たちがまるで空を飛んでるみたいです。


沖縄に熱水噴出孔があるということは火山活動は完全に止まっておらず今でも静かに続いてるようです。


ステイホームのプロだって(笑)

展示エリアの先にはお土産屋さんがあり、お土産を買って外に出ました。


ウミガメ。人馴れしてるのか人懐っこかったです。




何度見ても飽きない美しい景色です。


ハイビスカスが咲いてました。

水族館の次は海洋文化館に入りました。
海洋文化館のメインはプラネタリウムですが、チケットを買ってから上映までまだ時間があったのでたまたまイベントでやってた1階のダンボール迷路に入ってみました。
すぐ出れるだろうと思ってたらところがどっこい、なかなかゴールにたどり着けません。
上映に遅れると入れなくなるのですごく焦りましたが、結局20分ぐらいで出てこれました。

時間が余ったので海洋文化館の展示エリアを先に見ることにしました。


昔の人が航海に使った船。
写真だとまるでわらで出来てるように見えますが、実物は結構しっかり作られています。
当時の人にとって航海は現代人が宇宙に行くようなもので危険に満ちたものであったに違いありません。
昔の船が展示されてるコーナーにとてもロマンを感じる解説文があったので写真を撮っておけばよかったです。
次来た時は忘れず撮影しようっと。

さて、時間が来たのでプラネタリウムに入りました。
ネタバレは避けますが、安い割にはとてもよかったです。
皆さんも美ら海水族館に来た時はぜひ海洋文化館のプラネタリウムに立ち寄りましょう。

水族館、お土産選び、散策、ロマンに耽る、プラネタリウム、あっという間に時間が過ぎていい時間になってきたので、そろそろ那覇に戻るためバス停へと向かいました。


虹が出てます。



写真を見てお察しだと思いますが、バスを待ってる間にちょうどいいタイミングで天気が崩れてきました。
1日目の暑さに懲りて薄着で来たのでちょっと肌寒かったです。

・・・

帰りのバスは途中で渋滞に巻き込まれました。
バスの中で沖縄の渋滞についてネットで調べてみたところ、鉄道がゆいレールしかない沖縄は車社会なので渋滞が日常的に起こっているようです。
渋滞が起こるなら道路を太くしたり増やせばいいではないかと思いますが、それができない事情が沖縄にはあります。

それは…米軍基地です。
沖縄の土地のかなりの部分が米軍基地として使われており、しかも平坦な場所に基地が作られるので街が基地で分断されてるような場所があちこちにあります。
直線距離では近い場所でも間に基地があると迂回しなければならず、迂回する経路に交通が集中するため渋滞が発生しやすくなります。
どうやらこれが沖縄で米軍基地が嫌われてる大きな理由でもあるようです。

・・・

那覇に戻り、1日目に行ったうみちゅららにもう一度向かいました。
美ら海水族館でもお土産を買いましたが、バスの中で友達からお土産のリクエストがあったからです。

お土産を買ったら次は夕飯です。
2日目は飛梅 久茂地店で食べることにしました。




今回も食べ放題なので昼の分まで食べました。

このお店は飲み屋です。
コロナになったら嫌なので飲み屋じゃない店を帰りのバスで一生懸命探してましたが、ゆいレール沿線にあって値段も手頃な店が昨日の店以外になかったので仕方なく飲み屋に入りました。
しかしそれは結果的に良かったです。
ガラガラでコロナがうつるような状況とはほど遠く、コロナ対策もそれなりにされてたので次回来たときもここで食べようと思います。

・・・

2日目は行きたかった美ら海水族館にも行けてとても良い日になりました。


本日の移動。

日本地図で見る沖縄は小さく見えますが、実際の沖縄は想像以上に大きくて移動にも結構時間がかかることを実感しました。
また、レンタカーを利用しなくても沖縄旅行は十分に楽しめることもわかりました。

沖縄旅行の計画を立ててた頃、「運転できないのに沖縄旅行?」とか言ってくる人がいましたが、ここで断言します。

運転しなくても沖縄旅行は楽しめます!

むしろ沖縄の渋滞を知らない人がレンタカーで美ら海水族館に行こうとすると大変なことになりそうです。
場合によっては渋滞のせいで帰りの飛行機に遅れるとか、そういうこともありえます。
その点バスの運転手はプロですから、渋滞とうまく付き合って遅れを最小限にする術を持ってることでしょう。
土地勘のない場所で乗り慣れてない車を運転する度胸は私にはないです。

3日目に続く。

冬の沖縄旅行記 1日目

2021.03.31 Wednesday

3月24日で東京に引越して丸6年を迎えました。
6年前は自転車に乗って東京に来て物件探しをしましたが、あれからもう6年になるのです。
上京4年記念で行った高尾山でさえ2年前の話かと思うと、時間の流れは本当にあっという間だなと感じさせられます。

そういえば去年の今頃に上京5年記念と称して日暮里の宗林寺に行きましたが、それも結局記事にできてません。
宗林家と宗林寺に直接の関係はなかったのでそれ単体では記事にしない予定ですが、綺麗な桜の写真が撮れたので、今後松阪に行って宗林家を詮索するネタを記事にした時に掲載しようと思います。

・・・

それではネタが古くならないうちに本題に入ります。
今年の1月に生まれてはじめて沖縄へ行ってまいりました。一人旅です。

なぜ沖縄に行こうと思ったのか、それは航空券がとても安かったからです。なんと行き帰りともに1万円でお釣りが来るような値段で取れました。
昨年10月に福山に行った時と同じように帰りは実家に寄りたかったので、行きは羽田発那覇行き、帰りは那覇発関西行きの航空券を取りました。
1月15日から17日の2泊3日の旅です。

・・・

もともと15日の午後に飛行機に乗る予定でしたが、それが欠便になってしまったため早朝の便に変更になりました。
自宅から羽田空港は距離があり、寝坊すると一発で詰むので前日の夜のうちに空港の近くで泊まることにしました。
幸いにも友人の車で羽田空港の近くまで連れて行ってもらい、車内泊をした後に余裕を持って早朝の便に乗り込むことができました。
あまりにも時間が早かったのでまともな店が開いておらず、朝食はお菓子や弁当を買って機内で食べることにしました。


福山の時と同じく右の窓側の席を取りました。前回はJALでしたが、今回はスカイマークなので主翼にハートマークがついてます。


右は言わずと知れた富士山。左に見えるのは南アルプスこと赤石山脈。


赤石山脈にさらに近づいたタイミングで撮影。この中に富士山の次に標高が高い北岳や、赤石山脈の名前の由来となった赤石岳が含まれますので拡大してよく観察してみてください。

ここから機は南西に針路を変えて太平洋の上を飛び続けることになりますが、ちょうどこのタイミングで客室乗務員が来て空いてる席を案内してくれました。
その時に左側の席に変わりました。


静岡の御前崎あたりで太平洋に出て、ここから到着までほぼ同じ景色が続きました。
残りの時間は一旦景色から離れてパソコンで作業をしたり食べながら過ごすことにしました。


飛行機に揺られること3時間、ついに着陸です。沖縄のエメラルドグリーンの海がすぐ下に見えます。


那覇空港に到着しました。綺麗な魚たちが出迎えてくれました。


空港のすぐ近くに南国を感じさせる森があります。つい3時間ちょっと前は東京にいたことが信じられないですが、それを見て南国に来たんだなぁと思いました。

ところで沖縄旅行はレンタカーを借りるのが王道のようです。しかし私はゴールド免許(意味深)ですのでレンタカーは借りず公共交通機関と徒歩で移動します。


よく「沖縄には鉄道がない」と言われますがそれは嘘です。ゆいレールがあります。あれ、モノレールは鉄道に入りましたっけ???
それはともかくこれから3日間、このゆいレールをメインで使って那覇市内を散策しますので、ゆいレールの2日フリー乗車券を購入しました。



沖縄に到着して最初に向かう目的地は瀬長島です。
瀬長島は那覇空港のすぐ横に位置し、最寄り駅は隣の赤嶺駅ですので1駅だけゆいレールに乗ります。


赤嶺駅は日本最南端の駅なんですね。自撮り趣味はないので空っぽの状態で記念撮影。

さて、空港の横の島なので歩いてすぐ着くかと思いきや案外距離があり、3キロは歩きました。
1月だというのにぽかぽかと暖かく、歩いてると暑くなってきたので上着を脱ぎました。
今朝の東京がとても寒かったのがまるで嘘のようです。


エメラルドグリーンの海は見ていて飽きません。


瀬長島に到着しました。



瀬長島のウミカジテラスにあるGallirallus (ガルリラルルス)というお店に入りました。
ビー玉のような寒天の中に本物のお花が入ってます。
美しい沖縄の海をバックに写真に収めると絵になりますね。



これが1月の景色に見えますか?


瀬長島の山のほうはこんな感じ。
右奥にはホテルがあり、左がさっき行ったウミカジテラスです。

アロハシャツを売ってる店があったので買おうと思いましたが、高かったのと露出の高い服装は蚊に刺されそうなのでやめました。
暖かいということはつまり1月でも蚊がいるということです。

瀬長島をあとにして、来た道をそのまま戻って赤嶺駅へと向かいます。
2日目は美ら海水族館に行きますのでバス券を買いに行く必要がありますが、荷物が多いので一旦ホテルに行って荷物を置くことにしました。

もともとネカフェに泊まろうと思ってましたが、旅に出る前に好きな人(最高のクリスマスから1年を参照)がちゃんとしたホテルに泊まることを勧めてくれました。
GoToは使えませんでしたが、それでも非常にコスパの良いホテルを見つけましたので皆様にも紹介します。


グリーンリッチホテル那覇は通常の部屋と男性専用のキャビンルームの2種類があり、私はもちろんキャビンルームのほうに泊まりました。
キャビンルームとはカプセルホテルのようなもので小さな部屋が2段構成でたくさん並んでいます。

GoToなしでも1泊2000円で泊まれましたので、男性の皆様には是非おすすめです。



最寄り駅はゆいレールの美栄橋駅です。
駅からは徒歩8分と少し離れてますが、街歩きを楽しめる人には全然苦にならない距離です。


歩道橋から見た那覇の街並み。


県庁前駅からの眺め。なんとなくさいたま市の浦和駅周辺と雰囲気が似てるような気がしますが、気のせいでしょうか。


程よい都会度です。

那覇バスターミナルに行って美ら海水族館に行くバス券を買いました。
往復のバス券を2900円で買うことができました。
窓口の人の話し方がとても特徴的だったので、外国の方か聞いてみたところウチナーンチュ(沖縄人)でした。
そして私が関西出身者であることが一発でバレました(笑)



有名な国際通りを歩きます。
国際通りはすごいとかやばいとかよく聞きますが、実際に行ってみるとよくある地方都市のメインストリートです。

国際通り沿いにある「沖縄美ら海水族館アンテナショップ "うみちゅらら"」でお土産を買いました。
お店に入ったときに女性店員がお菓子をいろいろ試食させてくれたので、それを参考にお土産を選びました。
とりあえずちんすこうは外せませんね。
買いたいお土産はたくさんありましたが、明日美ら海水族館に行くので程々にします。

・・・

午前中に沖縄に上陸しましたが、あっという間に時間が過ぎてあたりは暗くなってきました。
よく考えると昼食はあの綺麗なジュースだけだったので夕食はバイキングでガッツリ食べたいと思いました。
ところがバイキングの店がなかなか見つからず、1日目は焼肉五苑アクロスプラザ古島駅前店に行くことにしました。



バイキングなので昼の分までガッツリ食べました。
しかしここは沖縄料理の店ではないので、2日目は沖縄料理の店に行きたいと思いました。

ゆいレールでホテルに戻って大浴場に入り、明日の美ら海水族館を楽しみにしつつ眠りにつきました。
予定よりずっと早く沖縄に上陸してあちこち散策できた、とても充実した1日でした。



本日の移動。
飛行機の距離はすごいですが、まだ沖縄のほんの一部しか見てない感じです。
地図で見る沖縄は小さな島ですが、実際に行ってみると想像以上に広かったことを明日知ることになります。

2日目に続く。

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