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冬の沖縄旅行記 2日目

2021.05.31 Monday

だいぶ間が開いてしまいましたが、冬の沖縄旅行記 1日目の続きです。

1月16日、この日は今回の旅のメインでもある美ら海水族館へと足を運びます。


乗車する那覇バスターミナルは旭橋にありますので、ゆいレールで2駅隣りの旭橋へと向かいます。
朝9時36分にホテルを出ました。


美栄橋駅から撮影。遠くにタワマンが見えます。
住んでるのは本土からの移住者でしょうか。

旭橋でバスに乗り込み、美ら海水族館への長い旅が始まります。
普段夜行バスは年間10往復以上とかなり高頻度に利用しますが、昼間の高速バスはめったに利用しないのでとても新鮮でした。
バスからの景色を眺めてるだけでいくつものおもしろい発見がありました。


那覇はタワマンが立ってるほどの都会ですが、沖縄の大部分の土地は本土と同じく田舎です。
バスが沖縄唯一の高速道路である沖縄自動車道に入るとあっという間に田舎の景色に変わりました。

しかし本土とは少し様子が違います。
本土は比較的険しい山が多いですが、沖縄はこの写真のように山がなだらかで平坦です。
これは地質活動があまり活発ではなく浸食が優位な状態であるからと考えられます。

沖縄諸島はフィリピン海プレートの沈み込む場所にあり、かつては活発な隆起や火山活動があったのでしょう。
しかしある時プレート同士の力関係が変わったことにより沖縄の火山は鳴りを潜め、本土や小笠原諸島がその分活発になったようです。
地質活動による災害がないのはいいことですが、台風には毎年見舞われるため遠い未来に沖縄は浸食されてなくなってしまうかと思うと少し寂しいです。

また、バスの車窓からは時々米軍の車両をお目にかかることができました。
もっとも米軍車両は東京の横田基地近くで見慣れてますのでさして珍しいものではありません。
しかし沖縄にあって東京にはないものがあります。それは米軍基地反対運動です。

今までテレビやネットでしか見たことのない米軍反対の看板や垂れ幕を途中で何度も見かけました。
米軍反対の看板は横田基地周辺で探しても決して見つからないものです。なぜ沖縄ではこれだけ米軍が嫌われてるのか不思議に思いました。
その理由は帰りに明らかになります。

・・・


バスの中で沖縄音楽を聞いたり沖縄の歴史や人々の生活について思いを馳せてるうちに沖縄海洋博記念公園に到着しました。


普段自撮りする趣味はないのですが、たまたま近くに居合わせた人が写真撮影を持ちかけてくれましたので写真を撮ってもらいました。




海の生物をモチーフにしたオブジェがありました。
1月とは思えないぐらい花がきれいに咲いてます。


向こうに見えるのは伊江島です。
島の真ん中に乳首のように山がありますが、沖縄本島の地形と同じく全体的に扁平です。

ここから水族館の中に入っていきます。




水槽の魚の写真を取るのは結構難しく、デジカメで撮影するとなぜか青みがかかってしまうことに気づきました。
そこそこ高性能なデジカメを持ってきましたが、なぜかスマホのほうがきれいに撮れるようです。
この3枚の写真を含めて水族館ではスマホのカメラで撮影することにしました。


スイミーのモデルとなった魚でしょうか。
赤い魚に混ざって黒い魚がいないか探しましたがいないようです。


みんな大好きチンアナゴ。


美ら海水族館のシンボルのジンベエザメ。とても巨大です。
海水浴や釣りをしてる時に会ったら絶望しそうですが、攻撃性は低く人を襲うことはほとんどないとのこと。
サメでありながらサメらしい凶暴さがないことがジンベエザメが愛されてる理由でしょうか。


エイの赤ちゃんの骨。可愛いく見えたので思わず写真を撮りましたが、骨になってるということは死んでるということなのでこの形は死の直前の体勢なのでしょう。
それがどういう状況だったか想像すると可愛いと言ってしまうのは罪なことのように思えてしまいます。


上から差し込む光が幻想的で、魚たちがまるで空を飛んでるみたいです。


沖縄に熱水噴出孔があるということは火山活動は完全に止まっておらず今でも静かに続いてるようです。


ステイホームのプロだって(笑)

展示エリアの先にはお土産屋さんがあり、お土産を買って外に出ました。


ウミガメ。人馴れしてるのか人懐っこかったです。




何度見ても飽きない美しい景色です。


ハイビスカスが咲いてました。

水族館の次は海洋文化館に入りました。
海洋文化館のメインはプラネタリウムですが、チケットを買ってから上映までまだ時間があったのでたまたまイベントでやってた1階のダンボール迷路に入ってみました。
すぐ出れるだろうと思ってたらところがどっこい、なかなかゴールにたどり着けません。
上映に遅れると入れなくなるのですごく焦りましたが、結局20分ぐらいで出てこれました。

時間が余ったので海洋文化館の展示エリアを先に見ることにしました。


昔の人が航海に使った船。
写真だとまるでわらで出来てるように見えますが、実物は結構しっかり作られています。
当時の人にとって航海は現代人が宇宙に行くようなもので危険に満ちたものであったに違いありません。
昔の船が展示されてるコーナーにとてもロマンを感じる解説文があったので写真を撮っておけばよかったです。
次来た時は忘れず撮影しようっと。

さて、時間が来たのでプラネタリウムに入りました。
ネタバレは避けますが、安い割にはとてもよかったです。
皆さんも美ら海水族館に来た時はぜひ海洋文化館のプラネタリウムに立ち寄りましょう。

水族館、お土産選び、散策、ロマンに耽る、プラネタリウム、あっという間に時間が過ぎていい時間になってきたので、そろそろ那覇に戻るためバス停へと向かいました。


虹が出てます。



写真を見てお察しだと思いますが、バスを待ってる間にちょうどいいタイミングで天気が崩れてきました。
1日目の暑さに懲りて薄着で来たのでちょっと肌寒かったです。

・・・

帰りのバスは途中で渋滞に巻き込まれました。
バスの中で沖縄の渋滞についてネットで調べてみたところ、鉄道がゆいレールしかない沖縄は車社会なので渋滞が日常的に起こっているようです。
渋滞が起こるなら道路を太くしたり増やせばいいではないかと思いますが、それができない事情が沖縄にはあります。

それは…米軍基地です。
沖縄の土地のかなりの部分が米軍基地として使われており、しかも平坦な場所に基地が作られるので街が基地で分断されてるような場所があちこちにあります。
直線距離では近い場所でも間に基地があると迂回しなければならず、迂回する経路に交通が集中するため渋滞が発生しやすくなります。
どうやらこれが沖縄で米軍基地が嫌われてる大きな理由でもあるようです。

・・・

那覇に戻り、1日目に行ったうみちゅららにもう一度向かいました。
美ら海水族館でもお土産を買いましたが、バスの中で友達からお土産のリクエストがあったからです。

お土産を買ったら次は夕飯です。
2日目は飛梅 久茂地店で食べることにしました。




今回も食べ放題なので昼の分まで食べました。

このお店は飲み屋です。
コロナになったら嫌なので飲み屋じゃない店を帰りのバスで一生懸命探してましたが、ゆいレール沿線にあって値段も手頃な店が昨日の店以外になかったので仕方なく飲み屋に入りました。
しかしそれは結果的に良かったです。
ガラガラでコロナがうつるような状況とはほど遠く、コロナ対策もそれなりにされてたので次回来たときもここで食べようと思います。

・・・

2日目は行きたかった美ら海水族館にも行けてとても良い日になりました。


本日の移動。

日本地図で見る沖縄は小さく見えますが、実際の沖縄は想像以上に大きくて移動にも結構時間がかかることを実感しました。
また、レンタカーを利用しなくても沖縄旅行は十分に楽しめることもわかりました。

沖縄旅行の計画を立ててた頃、「運転できないのに沖縄旅行?」とか言ってくる人がいましたが、ここで断言します。

運転しなくても沖縄旅行は楽しめます!

むしろ沖縄の渋滞を知らない人がレンタカーで美ら海水族館に行こうとすると大変なことになりそうです。
場合によっては渋滞のせいで帰りの飛行機に遅れるとか、そういうこともありえます。
その点バスの運転手はプロですから、渋滞とうまく付き合って遅れを最小限にする術を持ってることでしょう。
土地勘のない場所で乗り慣れてない車を運転する度胸は私にはないです。

3日目に続く。

冬の沖縄旅行記 1日目

2021.03.31 Wednesday

3月24日で東京に引越して丸6年を迎えました。
6年前は自転車に乗って東京に来て物件探しをしましたが、あれからもう6年になるのです。
上京4年記念で行った高尾山でさえ2年前の話かと思うと、時間の流れは本当にあっという間だなと感じさせられます。

そういえば去年の今頃に上京5年記念と称して日暮里の宗林寺に行きましたが、それも結局記事にできてません。
宗林家と宗林寺に直接の関係はなかったのでそれ単体では記事にしない予定ですが、綺麗な桜の写真が撮れたので、今後松阪に行って宗林家を詮索するネタを記事にした時に掲載しようと思います。

・・・

それではネタが古くならないうちに本題に入ります。
今年の1月に生まれてはじめて沖縄へ行ってまいりました。一人旅です。

なぜ沖縄に行こうと思ったのか、それは航空券がとても安かったからです。なんと行き帰りともに1万円でお釣りが来るような値段で取れました。
昨年10月に福山に行った時と同じように帰りは実家に寄りたかったので、行きは羽田発那覇行き、帰りは那覇発関西行きの航空券を取りました。
1月15日から17日の2泊3日の旅です。

・・・

もともと15日の午後に飛行機に乗る予定でしたが、それが欠便になってしまったため早朝の便に変更になりました。
自宅から羽田空港は距離があり、寝坊すると一発で詰むので前日の夜のうちに空港の近くで泊まることにしました。
幸いにも友人の車で羽田空港の近くまで連れて行ってもらい、車内泊をした後に余裕を持って早朝の便に乗り込むことができました。
あまりにも時間が早かったのでまともな店が開いておらず、朝食はお菓子や弁当を買って機内で食べることにしました。


福山の時と同じく右の窓側の席を取りました。前回はJALでしたが、今回はスカイマークなので主翼にハートマークがついてます。


右は言わずと知れた富士山。左に見えるのは南アルプスこと赤石山脈。


赤石山脈にさらに近づいたタイミングで撮影。この中に富士山の次に標高が高い北岳や、赤石山脈の名前の由来となった赤石岳が含まれますので拡大してよく観察してみてください。

ここから機は南西に針路を変えて太平洋の上を飛び続けることになりますが、ちょうどこのタイミングで客室乗務員が来て空いてる席を案内してくれました。
その時に左側の席に変わりました。


静岡の御前崎あたりで太平洋に出て、ここから到着までほぼ同じ景色が続きました。
残りの時間は一旦景色から離れてパソコンで作業をしたり食べながら過ごすことにしました。


飛行機に揺られること3時間、ついに着陸です。沖縄のエメラルドグリーンの海がすぐ下に見えます。


那覇空港に到着しました。綺麗な魚たちが出迎えてくれました。


空港のすぐ近くに南国を感じさせる森があります。つい3時間ちょっと前は東京にいたことが信じられないですが、それを見て南国に来たんだなぁと思いました。

ところで沖縄旅行はレンタカーを借りるのが王道のようです。しかし私はゴールド免許(意味深)ですのでレンタカーは借りず公共交通機関と徒歩で移動します。


よく「沖縄には鉄道がない」と言われますがそれは嘘です。ゆいレールがあります。あれ、モノレールは鉄道に入りましたっけ???
それはともかくこれから3日間、このゆいレールをメインで使って那覇市内を散策しますので、ゆいレールの2日フリー乗車券を購入しました。



沖縄に到着して最初に向かう目的地は瀬長島です。
瀬長島は那覇空港のすぐ横に位置し、最寄り駅は隣の赤嶺駅ですので1駅だけゆいレールに乗ります。


赤嶺駅は日本最南端の駅なんですね。自撮り趣味はないので空っぽの状態で記念撮影。

さて、空港の横の島なので歩いてすぐ着くかと思いきや案外距離があり、3キロは歩きました。
1月だというのにぽかぽかと暖かく、歩いてると暑くなってきたので上着を脱ぎました。
今朝の東京がとても寒かったのがまるで嘘のようです。


エメラルドグリーンの海は見ていて飽きません。


瀬長島に到着しました。



瀬長島のウミカジテラスにあるGallirallus (ガルリラルルス)というお店に入りました。
ビー玉のような寒天の中に本物のお花が入ってます。
美しい沖縄の海をバックに写真に収めると絵になりますね。



これが1月の景色に見えますか?


瀬長島の山のほうはこんな感じ。
右奥にはホテルがあり、左がさっき行ったウミカジテラスです。

アロハシャツを売ってる店があったので買おうと思いましたが、高かったのと露出の高い服装は蚊に刺されそうなのでやめました。
暖かいということはつまり1月でも蚊がいるということです。

瀬長島をあとにして、来た道をそのまま戻って赤嶺駅へと向かいます。
2日目は美ら海水族館に行きますのでバス券を買いに行く必要がありますが、荷物が多いので一旦ホテルに行って荷物を置くことにしました。

もともとネカフェに泊まろうと思ってましたが、旅に出る前に好きな人(最高のクリスマスから1年を参照)がちゃんとしたホテルに泊まることを勧めてくれました。
GoToは使えませんでしたが、それでも非常にコスパの良いホテルを見つけましたので皆様にも紹介します。


グリーンリッチホテル那覇は通常の部屋と男性専用のキャビンルームの2種類があり、私はもちろんキャビンルームのほうに泊まりました。
キャビンルームとはカプセルホテルのようなもので小さな部屋が2段構成でたくさん並んでいます。

GoToなしでも1泊2000円で泊まれましたので、男性の皆様には是非おすすめです。



最寄り駅はゆいレールの美栄橋駅です。
駅からは徒歩8分と少し離れてますが、街歩きを楽しめる人には全然苦にならない距離です。


歩道橋から見た那覇の街並み。


県庁前駅からの眺め。なんとなくさいたま市の浦和駅周辺と雰囲気が似てるような気がしますが、気のせいでしょうか。


程よい都会度です。

那覇バスターミナルに行って美ら海水族館に行くバス券を買いました。
往復のバス券を2900円で買うことができました。
窓口の人の話し方がとても特徴的だったので、外国の方か聞いてみたところウチナーンチュ(沖縄人)でした。
そして私が関西出身者であることが一発でバレました(笑)



有名な国際通りを歩きます。
国際通りはすごいとかやばいとかよく聞きますが、実際に行ってみるとよくある地方都市のメインストリートです。

国際通り沿いにある「沖縄美ら海水族館アンテナショップ "うみちゅらら"」でお土産を買いました。
お店に入ったときに女性店員がお菓子をいろいろ試食させてくれたので、それを参考にお土産を選びました。
とりあえずちんすこうは外せませんね。
買いたいお土産はたくさんありましたが、明日美ら海水族館に行くので程々にします。

・・・

午前中に沖縄に上陸しましたが、あっという間に時間が過ぎてあたりは暗くなってきました。
よく考えると昼食はあの綺麗なジュースだけだったので夕食はバイキングでガッツリ食べたいと思いました。
ところがバイキングの店がなかなか見つからず、1日目は焼肉五苑アクロスプラザ古島駅前店に行くことにしました。



バイキングなので昼の分までガッツリ食べました。
しかしここは沖縄料理の店ではないので、2日目は沖縄料理の店に行きたいと思いました。

ゆいレールでホテルに戻って大浴場に入り、明日の美ら海水族館を楽しみにしつつ眠りにつきました。
予定よりずっと早く沖縄に上陸してあちこち散策できた、とても充実した1日でした。



本日の移動。
飛行機の距離はすごいですが、まだ沖縄のほんの一部しか見てない感じです。
地図で見る沖縄は小さな島ですが、実際に行ってみると想像以上に広かったことを明日知ることになります。

2日目に続く。

コロナ禍で猛威を振るうネットアカハラ

2021.02.07 Sunday

コロナ禍が始まって1年が経過し、大学でもオンライン授業が浸透してきました。
私は大学を離れて久しく、現役大学生や院生の後輩もいないので大学がどうなってるのか詳しいことは知りません。
ただオンライン授業というYouTubeを見てるのとあまり変わらないような授業に年間100万円以上の授業料を払うのはあまりにも高すぎます。

研究室のほうはどうなってるのでしょうか。
昨年12月4日に出身研究室を外から見た限りでは蛍光灯がついてたので、実験中心のところはコロナ禍でもあまり変わらなさそうです。

実際に見てきた記事はこちら。
京都・黄檗の旅

想像ですがここ数年で研究室内のアカハラはだいぶマシになったのではないかと思います。
コロナの影響で学生と教員の距離が開いたのもアカハラを減らすことにだいぶ寄与したと考えられます。

オンラインなら輪読やミーティングでアカハラされたらパソコンを閉じればその場をしのげますからね。

次の日も次の日もオンラインでアカハラされたら退学届を内容証明郵便で大学に送りつけましょう。
アカハラの音声を録音してYouTubeとかにアップロードするのも簡単にできます。
ぜひアカハラゴミの音声を晒して小保方晴子、野々村竜太郎、引越しおばさんみたくMAD動画の素材にして差し上げましょう。
自己顕示欲の強いアカハラゴミはきっと泣いて喜ぶはずです!

表題に入る前にアカハラの対処法の話をしてしまいました。
確かに、オンライン授業を介したアカハラが起こってることは容易に想像できます。

このパターンは従前のアカハラと同じですのでこちらの記事を参考にしてください。
大学院生・大学院志望者のためのアカハラ対策マニュアル

ただしこの記事は古く、今では当時より大学や学位の価値はだいぶ下がってますので退学をファーストチョイスにしてもいいぐらいです。
そのあたりはよく考えて判断してください。若い頃の時間は貴重です。

・・・

さて、今回取り上げる「ネットアカハラ」の意味は従前のアカハラの延長線上にあるものとは少し違います。
従前のアカハラは学生と教員、あるいは学生同士の上下関係が根底にあって発生しています。
つまり加害者も被害者も同じ大学の中の人間です。

ところがコロナ禍でオンライン授業が中心になると、これまで面と向かってアカハラしてたアカハラゴミ教員はアカハラができなくなってストレスが溜まります。
これは全く研究室に行かなくても研究が続けられる分野の多い文系ではより顕著であろうと考えられます。

そしてアカハラゴミはネットをストレスのはけ口にし始めました。

フェミ系の単位を落とした話|ちか|note

この記事がそもそもアカハラの事例を書いたものと言えますが、これがまたツイッターでアカハラゴミの標的になっています。
つまりフェミ系の単位を落とした講師を擁護しつつ、アカハラ被害者にセカンドレイプして楽しんでる大学関係者が多数いるということです。
エゴサして当ブログが荒らされたらめんどくさいので晒しませんが、興味のある方は「フェミ系の単位」等のキーワードで検索してみてください。

うーん、やっぱりアカハラゴミの味方はアカハラゴミなんですねぇ。

ツイッターをやってると似たようなことはよくありますが、大学関係者によるクソリプが去年あたりからだいぶ増えたような印象を受けます。
間違った回答、期待しない回答をした人に対して人格攻撃を行うのが教育者のやることですかね。

このような大学内の者が大学外や別の大学の者にネットでハラスメントを行う行為を「ネットアカハラ」と呼ぶことにします。
ネットアカハラは誰でも被害者になりえます。大学に行ってなくてもどこかの大学の関係者からクソリプが来たりブログを荒らされたらそれはネットアカハラです。

当ブログもネットアカハラの被害にあったことがあり、2019年の夏頃に数回ブログを荒らされました。
ただし犯人は糞宗林研究室(京都・黄檗の旅を参照)関係者の可能性が高く、在学中に受けたアカハラの延長線上にあるとすれば従前のアカハラとネットアカハラの中間的な事例と言えそうです。

・・・

ネットアカハラの被害にあったらどうすればいいでしょうか。

前述のように大学を離れてもアカハラゴミがストーカーのように付きまとってくることもあり得ます。
そのような時はとにかく連絡手段を断ち切ることです。
大学のメアドはドメインごと切りましょう。
というかメアドとか番号とか変えてしまったほうがいいかもしれません。

ツイッターのアカウントがバレてたらアカウントを作り直すか、それが嫌ならクソリプしてきたアカウントを片っ端からスパム報告、ブロックしていくことです。
お前はもう指導教官ではない、先輩ではない、敵になったのだという意志をはっきり出しましょう。
反論とか議論に乗ったら思うツボですのでやめましょう。アカハラゴミは議論で勝てないから人格攻撃にすり替えるのです。


では加害者が全く面識のない人物だった場合はどうすればいいでしょうか。
削除、スパム報告、ブロックは基本中の基本です。議論に乗らない、これも基本です。

ツイッターの場合、加害者のフォローやフォロワーも似たような人物が多い傾向にありますので、思い切ってそれも全部ブロックしましょう。
1万人ぐらいいたら自動化しないと大変ですが、100人ぐらいならちょっと根気があればできます。
数が多い場合はツールを使って自動化しましょう。

TweetBloc - Twitterの迷惑ユーザーを一括ブロック | KTPC WEB

私はこの方法で何千という大学関係者をブロックしてますので、フェミ系の単位で検索して見えてるクソツイートも実際よりだいぶ少ないかもしれません。

フォロワーの多い方は引用RTで晒したりスパム報告とブロックを呼びかけるのも効果的です。
味方が多ければそれだけたくさんのスパム報告が行くことになり、大学関係者のアカウントと言えども凍結されてしまうでしょう。

おそらく、フェミ系の単位でセカンドレイプしてるアカハラゴミも相当な数がツイフェミの集中砲火を受けてアカウントが凍結されるのではないかと思います。
ツイフェミに賛同するわけではありませんが、ツイフェミの行動力や組織力には見習うべきものがあります。

・・・

よくよく考えてみればネットアカハラは単に加害者に大学関係者という地位があるだけで、やってることは普通のクソリプや便所の落書きと何ら変わりません。
ただ肩書と論理的っぽい口調や屁理屈から普通のクソリプと違って不快だけど正しいことを言ってそうな気がするだけです。
気がすることと実際に正しいかどうかは別です。

アカハラゴミは下手に出ると増長しますので徹底的に見下しましょう。
リアルに上下関係があるとそれは難しいですが、面識のない相手なら東大卒でも「それがどうした」という態度を取ることは簡単です。
大学の奴らなんかどうせ大したことない。そう思ってるとアカハラゴミも逃げていきます。

覚悟を持った1年に

2021.01.07 Thursday

新年あけましておめでとうございます。
今年も豊充風船商店をよろしくお願いいたします。

年が明けてからやることがいっぱいあり、かれこれ1週間ぐらいブログが更新できませんでした。
既にここのところだいぶ更新頻度が落ちてますけど。

去年はコロナに翻弄された1年となりました。
オリンピックが延期になったり安倍政権が終わったりトランプが負けたりいろんなことがありましたが、今年はコロナも終息して平穏な1年になるでしょうか。
残念ながらそうはなりそうな気がしません。

・・・

1991年、2001年、2011年など、末端に1がつく年はろくなことが起きてません。
1991年はバブルが崩壊し、2001年は同時多発テロ、2011年は東日本大震災からの福島原発事故がありました。
これらの事件は数年にも渡って影響を及ぼして不況や戦争、世界的な政情不安などの多数の二次災害を連鎖的に引き起こしました。

個人的にもこれらの年はろくなことがなかったです。
1991年に引越したのですが引越し先の近所にキ○ガイがいて再度引っ越す1997年までそれに悩まされることとなりました。
2001年は小学校から中学校に上がりましたが、小学校の卒業式に出られないというところから始まって中学生活の出足も最悪でした。
2011年は仮面浪人の末に京大の大学院に入りましたが、入っていきなりアカハラという10年前を彷彿とさせる最悪の出足です。
これらの事件はいずれも後の人生を変えるほどの出来事となっており、前の事件が次の事件の呼び水となってるとも言えそうです。

また、バブル崩壊が引っ越しのきっかけとなったり東日本大震災がクソ研究室に入るきっかけとなったりしてるので、1991年と2011年は社会的な厄災と個人的な厄災がよくリンクしてます。
2001年はテロのほうが後でしたが、テロの前から小泉やブッシュによる社会情勢の悪化が見られたのでその影響は無視できないと思います。

・・・

というわけで今年世界で起きる厄災と、自分に降りかかる厄災を予想してみます。
予想できれば避けることはできなくても被害を小さくしたり身を守ることはできそうです。

過去3回の魔の年に起こった事件はどれも突発的に発生してるように見えますが、バブル崩壊は前年の1990年に日経平均株価の暴落という前兆がありました。
世界同時多発テロも元々あった火種が爆発したものであり、テロの発生を予想してた人もいました。
東日本大震災を予想していた人はほとんどいませんでしたが、当時政権を握っていた民主党によるお粗末な対応が被害を広げたという意味ではそれが前兆だったと言えるかもしれません。

ここから類推して今年発生する厄災を予想すると、それは新型コロナの拡大やアルメニアとアゼルバイジャンの紛争、トランプの敗北あたりが呼び水となって大爆発を起こすということが考えられます。
コロナがこのまま拡大して世界人口の何割というレベルで感染するというシナリオがまず考えられますし、コロナが小康状態になったとしても何らかの二次災害を引き起こしたり全く別で発生した災害の被害を拡大することは確実です。

例えばコロナが蔓延してる状況で東京で直下型地震が発生したら、富士山が爆発したら、と考えると恐ろしいシナリオしか思い浮かびません。
そして自分に降りかかる厄災とは言わずもがなそれに巻き込まれるということになるのでしょうか。

コロナは社会や個人の脆弱性をどんどんあぶり出してます。
なあなあの関係で騙し騙し続けてきた夫婦がコロナで関係が悪化して離婚したという話は聞き飽きました。

東日本大震災の頃も聞いたぞ。災害で離婚するような脆弱な家庭を作るとは懲りないなあ。馬鹿だなあ。としか思えません。

しかし日本は曖昧の文化ですのでなあなあで成り立っているものがたくさんあり、例えばちょっとメンテナンスを怠ると崩れるような橋みたいなものはそこかしこにあります。
医療崩壊も本質はパンデミックのリスクをないことにして医療を政策的に保護し、医師の数さえもコントロールしていたことが裏目に出てしまった結果と言えます。

なあなあで保たれてきたものの崩壊はどこで起こるかわかりません。
道路が陥没するとか、道がなんとなく荒れてくるということは間違いなく増えるでしょう。
局地的な災害がきっかけとなって日本中のネットが突然停止するということも考えられます。

いつどこで何が機能不全を起こすかわからず、ちょっとした災害でも大きな二次被害が誘発される。
これが今年起こる厄災のパターンではないかと思います。

・・・

災害から身を守るには周囲の人間関係を見直すことが有効です。
二次災害を起こすのは人間です。災害時にわざわざ被害を拡大させるような人間は自分から遠ざけて、肝心な時でもちゃんと助けてくれる人を周りに置くべきです。
災害が起こってから離婚するぐらいなら災害が起こる前に別れましょう。非常時対応が上手かどうかは去年の時点でもう答えが出てるはずです。

こういうご時世に飲み会に誘ってくるような友達とも縁を切るべきです。
家でサシ飲みしようと言うならまだいいですが飲み屋に誘うのは完全にアウトです。

虐待しておいてコロナを言い訳にするような馬鹿とそれを擁護する大馬鹿が大量に涌きましたが、コロナを言い訳に虐待するのであれば子育てに向いてないということなのでもっと向いてる人に任せましょう。
またそういう馬鹿者が身近にいるのであれば早いこと縁を切るべきです。

そうやってどんどん縁切りをすると孤立するかもしれませんが二次災害に巻き込まれるぐらいなら孤立したほうがマシです。
私は去年携帯の機種や電話番号を変えたのをきっかけに人間関係を整理しました。
1991年、2001年、2011年に経験した個人的な厄災は全て対人関係の問題でしたので、付き合う人間を選ぶことで災いは避けられると考えました。

年末年始に断捨離をされた方は多いと思いますが、人間関係のほうも今のうちに断捨離しておくことをおすすめします。

京都・黄檗の旅

2020.12.29 Tuesday

今月4日、ついに思い出の地である京都の黄檗に足を運びました。
広島・福山の旅のちょうど2ヶ月後にあたります。



黄檗は「おうばく」と読みます。
京都の人でも読み方を知らない人が少なくないほどで、JRは鈍行しか止まらないため何か特別な縁がない限り足を運ぶことはまずないような場所です。
しかしそんな黄檗にかつて2年半ほど通い続けてたことがありました。

何を隠そう、京都大学宇治キャンパスは黄檗にあるのですから!

・・・


というわけでJR黄檗駅にやってまいりました。
京都に帰ってたので京都駅から奈良線で来ましたが、まず奈良線がすごく懐かしかったです。
東福寺、稲荷、JR藤森、桃山…とだんだん黄檗が近づいてくるのですが、近づくたびに憂鬱な気分になる感覚を味わうことができました。

途中で通過する六地蔵駅の近くには京アニ事件の現場となった京アニ第1スタジオがあります。
黄檗の2駅手前に当たります。



黄檗と言えばやっぱりここでしょう。今回の旅の目的はもちろんここに来ることです。
正門付近には人がいっぱいいましたので、むやみにカメラを向けるのはよくないと思って人が写らないように撮影しました。
開放的なキャンパスで子どもがたくさん遊んでる光景は昔と全く変わっていませんでした。

京大のキャンパスは建物に入らない限り部外者も出入り自由ですので、ソーシャルディスタンスに注意しながら中に入っていきます。
何しろキャンパス内には会いたくないやつもいます。宗林とかは言わずもがな、在学中に仲が良かった人も鉢合わせたら面倒なことになりそうです。


中庭に入りました。左側がM棟、右側がN棟です。



移転してなければこのあたりにクソーリン研があるはずです。
電気がついてるということは誰かいるのでしょうか。
土日も来てる自慢してたやつがいたような研究室ですから、平日ならいないはずがないですね!

研究室を眺めながら思い出に耽ってましたが、気配を感じて出てきたら面倒なことになること間違いなしなので足早に立ち去りました。


中庭を出てキャンパスの奥のほうに向かいます。この先に学生生協やテニスコート、排水処理棟があります。
排水処理棟も研究室の一部のようなものですのでとりあえずそこに向かいます。


懐かしの廃水処理棟。在学中に何度かここで作業をしたことがあります。


右手にあるのは松本紘前総長肝入の焼き鳥製造機研究棟です。
国立大学解体再編後は撮影スタジオとして利用すればいいのではないでしょうか。
この奥にはクソーリン研の物置みたいになってるボロ小屋があり、その裏側からキャンパス外に出られたような記憶があります。
しかしここから先へ進むと関係者と鉢合わせする危険性が大いにあるためUターンして外側から検証することにします。


キャンパス内のテニスコート。
化学研究所には「碧水会」というクラブ活動のようなものがあり、年に1回ほどテニス大会やソフトボール大会が行われてました。
私はというとホームランを連発してました。それがソフトボールなのかテニスなのかはご想像にお任せします。


居室側から見たクソーリン研。
私がいた頃も常にカーテンが閉まっていて外が見えなくなってました。
居室とは井戸端会議をする場所です。そうですよね、宗林くん。
大富豪とナポレオンの間違いだったかもしれませんが。


きはだホール。
この一角はおうばくプラザという京大の附属施設で、きはだホールの他にレストランの「きはだ」、セミナースペース、セブンイレブンが入っています。
きはだに入って何か食べようかと思ったらコロナのせいで営業してなくて残念でした。

さて、ここからキャンパス外へ出て裏手に回りました。
目的は京大宇治地区でテロがあった場合の避難方法に書いた裏口の存在を検証するためです。
前述しましたが、中から行くと鉢合わせの危険があるため外に回って見に行くことにしました。


要確認と書いてあるところがボロ小屋の裏手にあたります。


キャンパスの周辺、宇治市五ケ庄はのどかでいいところです。
在学中はのんびりと景色を眺める余裕はなかったですが、完全に外部の人間になって歩いてみると実はすごくいいところだったということに気付かされます。


記憶が確かならこの先にボロ小屋に通じる裏口があるはずですが…。


フェンスで隙間なく塞がれていて出入りはできなかったようです。

残念でした!


フェンスにカメラのレンズを突っ込んで中を撮ってみました。中にも小さなフェンスがあるのが見えます。
このフェンスは隙間が開いていて容易にくぐり抜けたりよじ登って越えられそうな感じです。
しかし外側のフェンスは背が高く、上のほうが有刺鉄線ほどではないものの縦棒で怪我をしやすい状態になってます。

私の記憶が間違っていたのか、それともここ6年ぐらいの間に外側のフェンスが作られたのかはわかりません。
京アニのようなテロが起きた場合は正門側から逃げるか、やむを得ない場合はボロ小屋の方に逃げてフェンスをよじ登ったり破る必要がありそうです。
ただしボロ小屋は本館からかなり距離がありますので、爆心地が本館にある場合はとりあえずここまで逃げたらフェンスを越えるのに少々もたついてもしばらくの間は安全です。
逆に爆心地が奥まった場所にある場合はフェンスを越えるよりも正門側からの脱出を考えるべきです。

京大のキャンパスは部外者でも出入り自由ということになっているので、出入り口が正門側の道路に面した場所にしかないのはどうかと思います。
出入り口が少ないほうが監視しやすいため、外部からの侵入には強いかもしれませんが内部の者がテロを起こした場合はむしろ脱出を遅らせて被害を大きくしてしまいかねません。
京大の上のやつらは何も考えてないのでしょうなあ。
それともアカハラを受けても脱走できないようにするためにフェンスがあるのか?

ちょうど修論で発狂して暴走する学生が出てくる時期です。破れかぶれになった学生等による爆破テロ、コロナを使ったバイオテロが起きないことを祈ります。

さて、ボロ小屋裏が開放されてないことがわかったところで他に裏口がないか探るためフェンスに沿って戻ります。


見ての通り隙がありません。
フェンスに沿っていくと途中で職員宿舎にぶち当たりますが、職員宿舎は部外者立入禁止です。

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思い出の京大宇治キャンパスを探訪した後は次なる目的地である黄檗新生市場跡へ向かいます。
黄檗新生市場とは京阪宇治線の黄檗駅前にかつて存在した商店街です。

在りし日の黄檗新生市場についてはこちらで詳しくまとめられています。
絶滅寸前ほぼ廃墟マーケット「黄檗新生市場」 - 大阪DEEP案内

私が在学してた頃は市場が存在し、それが異様な空気を放っていました。
というか黄檗という土地がなんとなく陰気な感じであまり好きではなかったのですが、その原因のひとつが廃墟と化した黄檗新生市場であったことは間違いないでしょう。
卒業して2年後の2016年春に市場は解体されました。


市場の中にあった小さな花屋さんが今では市場跡に駐車場付きの大きな店舗を構えています。
いわばこのお店は市場の生き残りと言えます。

他のお店も残ってるかなと思って花屋さんの裏側を見てみましたが、空き地のような駐車場のような状態になっていました。
市場の中に在学中何度かお世話になったお店があり、店主は今どうしてるのか気がかりです。

次に向かう先は萬福寺です。
萬福寺は黄檗という地名の元にもなった黄檗宗の大本山です。
市場の入り口、今でいう花屋さんの裏手を右(南)に進んだところにあります。


総門からお寺の中に入ります。


山門。これより先に進むには課金が必要です。
学生の頃に研究室を抜け出してここを訪れたことがありましたが、500円がもったいなくてこれより先に進んだことはありませんでした。
今回は思い切って中へ入ることにします。


天王殿。


弥勒菩薩像。お腹が出てます。萬福寺と満腹をかけてるのでしょうか…。


大雄寶殿。萬福寺の本堂です。


法堂。


木々が色づいていて雲ひとつない青空や西日を受けて輝く法堂とのコントラストが美しいです。


開山堂。よく見ると柵が卍になってます。


初めて中まで足を踏み入れた萬福寺の境内はとても神秘的で時間がゆっくり進むように感じられましたが、もうだいぶ日が落ちてきました。
もう少し長居したいですがそろそろ帰ることにします。


JR黄檗駅から見た綺麗な夕焼け。
時間は16時34分ですが、この時間に黄檗駅で帰りの電車に乗ろうとするとなんとなくもやもやした感じがこみ上げてきました。
かつて毎日通っていた帰宅ルートを辿りながら電車の中で考えてたところ、まだ明るいうちに帰って嫌味を言われたり怒られた経験が関係してるようです。

当時は帰ってやりたいことがあったのだから帰る時間ぐらい好きな時間に帰らせろと言いたかったですね。

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キャンパス内に立ち入った時はハラハラしましたが、懐かしかったり行きたかった場所に行くことができて良い旅になりました。
今度行ったらカフェレストランきはだのほうにも足を運びたいところですが、こうやって記事にした時点で目を付けられて絡まれやすくなるので当分の間は行けなさそうです。
きはだに行ったら食レポしようと思いますが、その前に松阪に行ってヤツの親戚が経営するレストランの食レポをしたいところです。

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