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必要なのは無償化ではなく市場開放だ

2019.05.16 Thursday

先日大学無償化法が成立し、所得制限はあるもののタダで大学に行けるというおかしな社会の到来が現実のものとなりました。
これで喜んでる人にはこう言ってやりたい、ただより高いものはないと。

このブログでは以前から言ってるように大学は実にひどいことになっていて、それも所謂Fランと呼ばれる無名のところよりも国立大学のほうが悪いという逆転現象すら起こってます。
大学無償化の対象が一部の高偏差値のところだけになるのか、全部になるのかわかりませんが、何れにせよますます腐敗が進むこと間違いなしです。

大学を無償化すれば極限まで腐敗する

・・・

そもそもなぜ大学がこれほどまでに腐敗し、法外に高い学費に見合わない粗悪なアカハラ教育(もはや教育とすら言えない)を売りつけるような状況になったのか。
これは大学が政策的に高い参入障壁で保護されていて税金で下駄を履いてるからです。
国立は学費だけでも半分、他に科研費や補助金でも下駄を履いてますが、私学も下駄が低いだけで履いてることには変わりありません。
この下駄をもっと高くして客つまり学生はお金を払わなくていいようにしようというのが大学無償化です。

もし税金を投入し法外な安さでご飯が食べられる公営のレストランができたとします。しかも低所得者限定でタダだったとしましょう。
近くにある他のレストランはどうなりますか?潰れますね。
じゃあ潰れないように他のレストランに補助金を撒けばいいのか?
そうすると競争がなくなって不味いレストランが跋扈することになるでしょう。

税金ドーピングはより良いサービスを適正な価格で提供しようというインセンティブを著しく低下させます。
それは最初ダンピングから始まり、やがてサービスも価格相応以下に落ちぶれるケースが多いです。
学校がそうですし、文化財補助金のドーピングによる大名商売で店と客層の両方が悪くなってると疑われてる銭湯が都内にあります。
教育無償化がどういう結果になるか、結果は火を見るより明らかです。

・・・

大学に必要なのは無償化ではなく市場開放です。
大学の認可をなくし、誰でも大学を作って学位を発行できるようにすればいいのです。
名前が被ったり、紛らわしい名前の大学を作れないようにだけ規制すればいいのです。
そうすれば良い大学には価値が出ますし、そうでないところは無名に甘んじるか淘汰されていきます。
競争原理が働くことでク宗リンなんか真っ先に排除されますし、学費は全体的に安くなるでしょう。

医療や保育も同じで、必要なのは市場開放です。
税金で下駄を履かせたために本来の価格がわからなくなり、医療や保育のサービスを受けるためにそれ相応の対価を払わなくても良いという状況がこんな歪んだ社会を作ったのではないでしょうか。
子どもを預けて働いたほうが預ける費用を差し引いても儲かるという状況は、その差額を納税者に払わせたり保育士に十分な報酬が支払われないことで成立してると言えます。

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