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    機会平等と言うなら入試をなくせ

    2019.10.31 Thursday

    2020年を最後にセンター試験が廃止されて2021年から大学入学共通テストに移行する予定になっていて、その新しい試験が大変問題があるということで揉めてるようです。
    私はセンター試験を受けた経験がないのでそもそもセンター試験がどんなものかすら実はよく知らないのですが、マークシート方式だったものが記述式に変わることで採点の精度が怪しくなるということがひとつ懸念されてるようです。
    また、英語は民間に丸投げされるようで、塾や予備校に行ける人が有利になるという経済格差による不公平も懸念されています。

    そして私がここにもう一つ懸念を加えるなら国家によるフェイク情報の流布やマインドコントロールです。
    受験のために必死で勉強したことはそれが事実と違っていたとしても正しいことであると信じてこれからの人生を生きることになります。
    エリートの卵に国家や政治家、そしてそれらを裏で操ってる魑魅魍魎に都合の良いことを刷り込むために入試制度を利用するのは大変理に適っているのです。
    おそらく民間試験への利権供与よりもこれが一番の目的なのではないかと思われます。
    何が正しくて何が間違ってるかという知識を国家が勝手に決めつけて国民にそれを押し付けるのは北朝鮮などの共産主義国家によく見られる特徴です。

    参考
    もはや科学としての体をなしてない生命科学
    性規制や自由恋愛規制は共産化の前触れ

    ちなみに私は設問に設定された解答自体が間違ってると思ってても試験の解答は試験の解答として割り切って覚えるタイプです。

    ・・・

    そもそも、入試でふるい分けしてる時点で機会平等ではありません。
    学校は勉強するところだというのに学校に入る前の方がよく勉強して入ったら遊び呆けてる学生が多いのはおかしいと思いませんか?
    しかも大学には税金が投入されています。国立は言わずもがな、私学も補助金が出てます。
    なぜ大学に行けない人まで大学生や院生の授業料を肩代わりしなければならないのでしょうか。

    大学を税金で運営されるべき社会インフラと捉えるのであれば入試は廃止すべきです。
    待機児童問題に通じるものがありますが、大学のキャパシティ不足でどうしても全員入れることができないのであれば大学をどんどん作ればいいのです。
    ところが現実にそれをすると財源が足りなくなり、増税が避けられなくなるでしょう。
    答えを言ってしまうと大学は税金で運営されるべき社会インフラではないのです。(同じく保育施設も税金で運営されるべき社会インフラではない)

    国立大学は解体すべきであり、私学の助成金も廃止されなければなりません。
    税金に頼らず授業料収入等で収益を上げてるのであればどんな入試をしようが自由です。
    入試で麻原彰晃の踏み絵を踏ませるような大学があってもいいですし、入試のコストを下げるために民間に委託するのもありです。
    入試の有無や形はいろいろあるにせよ、大学と受験生が双方の合意の上での契約を成立させた時に初めて学生として受け入れればいいのです。

    そこに政府が勝手に決めたシステムを押し付けてくるのは共産主義以外の何者でもありません。

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