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京都・黄檗の旅

2020.12.29 Tuesday

今月4日、ついに思い出の地である京都の黄檗に足を運びました。
広島・福山の旅のちょうど2ヶ月後にあたります。



黄檗は「おうばく」と読みます。
京都の人でも読み方を知らない人が少なくないほどで、JRは鈍行しか止まらないため何か特別な縁がない限り足を運ぶことはまずないような場所です。
しかしそんな黄檗にかつて2年半ほど通い続けてたことがありました。

何を隠そう、京都大学宇治キャンパスは黄檗にあるのですから!

・・・


というわけでJR黄檗駅にやってまいりました。
京都に帰ってたので京都駅から奈良線で来ましたが、まず奈良線がすごく懐かしかったです。
東福寺、稲荷、JR藤森、桃山…とだんだん黄檗が近づいてくるのですが、近づくたびに憂鬱な気分になる感覚を味わうことができました。

途中で通過する六地蔵駅の近くには京アニ事件の現場となった京アニ第1スタジオがあります。
黄檗の2駅手前に当たります。



黄檗と言えばやっぱりここでしょう。今回の旅の目的はもちろんここに来ることです。
正門付近には人がいっぱいいましたので、むやみにカメラを向けるのはよくないと思って人が写らないように撮影しました。
開放的なキャンパスで子どもがたくさん遊んでる光景は昔と全く変わっていませんでした。

京大のキャンパスは建物に入らない限り部外者も出入り自由ですので、ソーシャルディスタンスに注意しながら中に入っていきます。
何しろキャンパス内には会いたくないやつもいます。宗林とかは言わずもがな、在学中に仲が良かった人も鉢合わせたら面倒なことになりそうです。


中庭に入りました。左側がM棟、右側がN棟です。



移転してなければこのあたりにクソーリン研があるはずです。
電気がついてるということは誰かいるのでしょうか。
土日も来てる自慢してたやつがいたような研究室ですから、平日ならいないはずがないですね!

研究室を眺めながら思い出に耽ってましたが、気配を感じて出てきたら面倒なことになること間違いなしなので足早に立ち去りました。


中庭を出てキャンパスの奥のほうに向かいます。この先に学生生協やテニスコート、排水処理棟があります。
排水処理棟も研究室の一部のようなものですのでとりあえずそこに向かいます。


懐かしの廃水処理棟。在学中に何度かここで作業をしたことがあります。


右手にあるのは松本紘前総長肝入の焼き鳥製造機研究棟です。
国立大学解体再編後は撮影スタジオとして利用すればいいのではないでしょうか。
この奥にはクソーリン研の物置みたいになってるボロ小屋があり、その裏側からキャンパス外に出られたような記憶があります。
しかしここから先へ進むと関係者と鉢合わせする危険性が大いにあるためUターンして外側から検証することにします。


キャンパス内のテニスコート。
化学研究所には「碧水会」というクラブ活動のようなものがあり、年に1回ほどテニス大会やソフトボール大会が行われてました。
私はというとホームランを連発してました。それがソフトボールなのかテニスなのかはご想像にお任せします。


居室側から見たクソーリン研。
私がいた頃も常にカーテンが閉まっていて外が見えなくなってました。
居室とは井戸端会議をする場所です。そうですよね、宗林くん。
大富豪とナポレオンの間違いだったかもしれませんが。


きはだホール。
この一角はおうばくプラザという京大の附属施設で、きはだホールの他にレストランの「きはだ」、セミナースペース、セブンイレブンが入っています。
きはだに入って何か食べようかと思ったらコロナのせいで営業してなくて残念でした。

さて、ここからキャンパス外へ出て裏手に回りました。
目的は京大宇治地区でテロがあった場合の避難方法に書いた裏口の存在を検証するためです。
前述しましたが、中から行くと鉢合わせの危険があるため外に回って見に行くことにしました。


要確認と書いてあるところがボロ小屋の裏手にあたります。


キャンパスの周辺、宇治市五ケ庄はのどかでいいところです。
在学中はのんびりと景色を眺める余裕はなかったですが、完全に外部の人間になって歩いてみると実はすごくいいところだったということに気付かされます。


記憶が確かならこの先にボロ小屋に通じる裏口があるはずですが…。


フェンスで隙間なく塞がれていて出入りはできなかったようです。

残念でした!


フェンスにカメラのレンズを突っ込んで中を撮ってみました。中にも小さなフェンスがあるのが見えます。
このフェンスは隙間が開いていて容易にくぐり抜けたりよじ登って越えられそうな感じです。
しかし外側のフェンスは背が高く、上のほうが有刺鉄線ほどではないものの縦棒で怪我をしやすい状態になってます。

私の記憶が間違っていたのか、それともここ6年ぐらいの間に外側のフェンスが作られたのかはわかりません。
京アニのようなテロが起きた場合は正門側から逃げるか、やむを得ない場合はボロ小屋の方に逃げてフェンスをよじ登ったり破る必要がありそうです。
ただしボロ小屋は本館からかなり距離がありますので、爆心地が本館にある場合はとりあえずここまで逃げたらフェンスを越えるのに少々もたついてもしばらくの間は安全です。
逆に爆心地が奥まった場所にある場合はフェンスを越えるよりも正門側からの脱出を考えるべきです。

京大のキャンパスは部外者でも出入り自由ということになっているので、出入り口が正門側の道路に面した場所にしかないのはどうかと思います。
出入り口が少ないほうが監視しやすいため、外部からの侵入には強いかもしれませんが内部の者がテロを起こした場合はむしろ脱出を遅らせて被害を大きくしてしまいかねません。
京大の上のやつらは何も考えてないのでしょうなあ。
それともアカハラを受けても脱走できないようにするためにフェンスがあるのか?

ちょうど修論で発狂して暴走する学生が出てくる時期です。破れかぶれになった学生等による爆破テロ、コロナを使ったバイオテロが起きないことを祈ります。

さて、ボロ小屋裏が開放されてないことがわかったところで他に裏口がないか探るためフェンスに沿って戻ります。


見ての通り隙がありません。
フェンスに沿っていくと途中で職員宿舎にぶち当たりますが、職員宿舎は部外者立入禁止です。

・・・

思い出の京大宇治キャンパスを探訪した後は次なる目的地である黄檗新生市場跡へ向かいます。
黄檗新生市場とは京阪宇治線の黄檗駅前にかつて存在した商店街です。

在りし日の黄檗新生市場についてはこちらで詳しくまとめられています。
絶滅寸前ほぼ廃墟マーケット「黄檗新生市場」 - 大阪DEEP案内

私が在学してた頃は市場が存在し、それが異様な空気を放っていました。
というか黄檗という土地がなんとなく陰気な感じであまり好きではなかったのですが、その原因のひとつが廃墟と化した黄檗新生市場であったことは間違いないでしょう。
卒業して2年後の2016年春に市場は解体されました。


市場の中にあった小さな花屋さんが今では市場跡に駐車場付きの大きな店舗を構えています。
いわばこのお店は市場の生き残りと言えます。

他のお店も残ってるかなと思って花屋さんの裏側を見てみましたが、空き地のような駐車場のような状態になっていました。
市場の中に在学中何度かお世話になったお店があり、店主は今どうしてるのか気がかりです。

次に向かう先は萬福寺です。
萬福寺は黄檗という地名の元にもなった黄檗宗の大本山です。
市場の入り口、今でいう花屋さんの裏手を右(南)に進んだところにあります。


総門からお寺の中に入ります。


山門。これより先に進むには課金が必要です。
学生の頃に研究室を抜け出してここを訪れたことがありましたが、500円がもったいなくてこれより先に進んだことはありませんでした。
今回は思い切って中へ入ることにします。


天王殿。


弥勒菩薩像。お腹が出てます。萬福寺と満腹をかけてるのでしょうか…。


大雄寶殿。萬福寺の本堂です。


法堂。


木々が色づいていて雲ひとつない青空や西日を受けて輝く法堂とのコントラストが美しいです。


開山堂。よく見ると柵が卍になってます。


初めて中まで足を踏み入れた萬福寺の境内はとても神秘的で時間がゆっくり進むように感じられましたが、もうだいぶ日が落ちてきました。
もう少し長居したいですがそろそろ帰ることにします。


JR黄檗駅から見た綺麗な夕焼け。
時間は16時34分ですが、この時間に黄檗駅で帰りの電車に乗ろうとするとなんとなくもやもやした感じがこみ上げてきました。
かつて毎日通っていた帰宅ルートを辿りながら電車の中で考えてたところ、まだ明るいうちに帰って嫌味を言われたり怒られた経験が関係してるようです。

当時は帰ってやりたいことがあったのだから帰る時間ぐらい好きな時間に帰らせろと言いたかったですね。

・・・

キャンパス内に立ち入った時はハラハラしましたが、懐かしかったり行きたかった場所に行くことができて良い旅になりました。
今度行ったらカフェレストランきはだのほうにも足を運びたいところですが、こうやって記事にした時点で目を付けられて絡まれやすくなるので当分の間は行けなさそうです。
きはだに行ったら食レポしようと思いますが、その前に松阪に行ってヤツの親戚が経営するレストランの食レポをしたいところです。

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