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人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべき

2021.07.23 Friday

東京2020オリンピックがついに強行されることになりました。
そして小山田圭吾、のぶみ、ラーメンズなどボロが次々に出て炎上聖火リレーの様相を呈しています。

今回の記事では彼らの炎上、特に小山田圭吾に絞って人の上に立つことの重大さについて取り上げたいと思います。

・・・

小山田圭吾はコーネリアスというバンドに所属し、オリンピックの開会式の曲を担当するはずでした。
しかし1995年に投稿した雑誌の記事で義務教育の頃にいじめをしてたことを自慢していたためそれが蒸し返されて炎上し、曲の制作から外れることになりました。
雑誌に投稿したのは27年前、いじめは40年前の話です。かなり昔のことなのでSNS上でもいいのでしっかり謝罪すれば許された可能性も高かったでしょう。
ろくに謝罪もせず辞任で終わらせようとする態度も炎上に油を注ぐことになりました。

大昔のことを蒸し返されてかわいそうだと言う人がいますが、小山田の悪行は業界では有名でした。
私も以前存在した「クソガキどもを糾弾するホームページ」を見ていじめをやってたミュージシャンの存在自体は知ってました。

コーネリアスこと小山田圭吾の悪行(ウェブアーカイブ)

おそらく雑誌に掲載された後も音楽仲間にはいじめを武勇伝のように自慢してたのでしょう。

・・・

小山田のファンの中には擁護する人も少なくないようで、ツイッター上ではそれが論争を巻き起こしています。
例えば「作者と作品は別」という論調をここぞとばかりに吹聴する者が多数出てきました。

この意見に対して私は「クソが作ったものは問答無用でクソ」だと考えます。
コーネリアスの曲をユーチューブで聴いてみましたが特にいい曲とは思えませんでした。
これが小室哲哉のような作風なら結末もまた違ったかもしれません。

実際に小室哲哉は逮捕されたことがありますが、現在では復帰していてファンもたくさんいます。私も小室哲哉のファンです。
小室哲哉はそれほど問題のある人物ではなく、単に世渡りが下手だったためにトラブルに巻き込まれたのだと私は考えてます。
本当に小室哲哉が悪人ならあれだけのヒットを出すことはできなかったでしょう。

翻っていじめをするような心の汚れた人物に良い芸術作品が作れるでしょうか。答えはノーでしょう。

これは小山田から炎上聖火が引き継がれたのぶみを見てるとよくわかります。
のぶみは絵本作家ですが、子どもに読ませるには大いに問題のある絵本を書いてるため子育てをしてる人からは蛇蝎の如く嫌われています。
のぶみの絵本を読んだことがありますがどれもこれも酷いものでした。いくつかまともな本もあると思ったら今度はパクリだったというオチ付きです。

のぶみがクソであることはのぶみの作品がクソであることとセットだという意見に多くの人は異論がないと思います。
ところが小山田に関しては彼の音楽が好きだという人が一定数いて、それがどうやら「作者と作品は別」という派閥と、「作品が悪くないので作者も悪くないはずだ」という派閥に分かれているようです。

歴史上の芸術家の中に性格に問題があったと言われてる人は少なくありません。
生きてないことをいいことに事実とは異なる人物設定を付け加えられたケースもかなりあると思われますが、それが事実だったとしても作品に対する評価は揺るぎないものがあります。
このことから、作者と作品を分けて評価する論調にも一定の社会的コンセンサスがあるようです。

・・・

では小山田が小室哲哉のような万人受けする曲を作っていたら辞任しなくてもよかったのでしょうか。
それもまたノーです。

オリンピックの開会式の曲を作曲するとなればそれは日本を代表する作曲家として名乗りを上げるも同然です。
東京2020に参加することはどうやら不名誉な経歴になりそうですが、本来であればオリンピックに携わるのは他の作曲家から眺望の眼差しで見られるようなことです。
そして本来であればこの経歴はキャリアとなり、オリンピック後は多くの作曲家を指導する立場になっていくことでしょう。

このことはすなわち人の上に立つということに他なりません。
人の上に立つということは他人の人生や社会に大きな影響を与え、多くの人のお手本になるということです。

お手本になる人がいじめをするような人でいいでしょうか?

いい訳ありませんね。
作曲に限らず、人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべきです。
これは日頃から批判している国立大学の教員にも当てはまります。

性格が悪くても研究実績さえ上げてたらいいという話ではないのです。
地位にかこつけて多くの学生や研究者を指導する立場であるからこそ人間としての高潔さが求められるのであり、それなしにはいくら研究能力に長けていても地位を与えてはいけません。
もし地位にかこつけてハラスメントを行うような者がいたら直ちにその地位を剥奪すべきです。

・・・

また、人の上に立つということはその下にいる人の責任まで引き受けるということでもあります。
小山田はいい歳ですので既に多くの後輩を指導されてることでしょう。もしその後輩がいじめなどをしていたらそれは小山田の責任でもあります。
音楽にしても学術研究にしてもろくでもない指導者のもとでろくな人間は育ちません。
負の連鎖を起こさないという意味でも人の上に立つ人間は高潔でなければならないのです。

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