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国立大学は無駄であるばかりか有害だ

2021.08.30 Monday

東京都品川区、白金高輪駅で男性が硫酸をかけられる事件がありました。
たまたま近くに居合わせた女性も巻き添えで硫酸がかかりました。

都内でも有数の裕福な地域だったことから、当初は妬みによる富裕層を狙って通り魔だろうと思ってました。
しかし捜査が進むにつれて犯人の名前や被害者との関係が特定され、そして昨日ついに逃亡先の沖縄で逮捕されました。

犯人は静岡大学の学生、花森弘卓です。
被害者は琉球大学のサークルの後輩で、在学中にアカハラがあってその続きか反撃で事件が起こったと考えられます。

私はこの事件が発生した当初から大学生または院生の犯行ではないかと予想していました。
今回の記事では事件が発生した背景や、「うちの学生だ」と名乗り出なかった静岡大学の無責任体質、そして税金を投入した教育が無駄であるということについて述べます。

・・・

以前から何度も記事に書いてますが、私は京大大学院の在学中にアカハラを受けており、こういう事件とは常に隣り合わせの状況でした。

京アニ事件の時に次は京大が事件現場になるかもしれないという記事を書きました。
次は京大が事件現場となるか?
私は京大の宇治キャンパス、化学研究所に2年半いましたが、このような事件が起こる下地は十分にありました。
思い出すと本当に恐ろしいです。

大学内には凶器となるものがたくさんあります。
フッ化水素酸、有機溶媒、爆発物、有毒ガス、NMRの液体ヘリウムや液体窒素などどれもぶちまければ大ごとです。
そしてアカハラが到るところで発生しているため、いつかそれが火種となってヘキサンとフッ化水素酸とニトロベンゼンを撒いて火をつける事件が起きないとも限りません。
そこまで派手な事件でなくとも毒を盛るぐらいのことは十分に有り得ることです。


硫酸よりも遥かに危険なフッ酸を扱っていたためフッ酸によるアシッドアタックにも言及しています。
フッ化水素酸と核開発の関係

京大宇治キャンパスでテロが発生し、京アニのように丸ごと燃えるような状況を想定した避難マニュアルまで書いてます。
京大宇治地区でテロがあった場合の避難方法

要はこんな記事を書かないといけないほど大学は落ちぶれているということです。
そして予想していたとおりアカハラを発端とした事件が起こってしまいました。

それも大学の外で一般人を巻き込む形でです。

・・・

花森弘卓の地元は静岡で、生物学者を目指していたことから琉球大学農学部へ行きました。
しかし両親が相次いで他界した影響で2020年3月に静岡大学農学部に3年次編入する形で地元に戻ってきました。
ということは留年してなければ現在は4年生だったことになります。

被害者の男性は琉球大学の映画サークルの後輩だったようです。
おそらくサークルでアカハラやトラブルがあり、その続きか反撃で事件が起こったのだと思われます。

そして硫酸は静岡大学から持ち出したと思われます。

・・・

一番悪いのはもちろん花森ですが、琉球大学と静岡大学にも重大な責任があります。
未だに琉球大学も静岡大学もだんまりを決め込んでいるのはどういうことでしょうか。
硫酸の持ち出しを許したであろう静岡大学に至っては犯人が見つからなければこのまま黙ってるつもりだったようです。
事件の発端となった琉球大学も監督責任を果たしてなかったためにアカハラが発生し、それが大学を出た後も継続してしまったと言えます。

琉球大学と静岡大学は一体何を教えてたのでしょうか。

こんなことを言うと「大学は学問をやる場所であって人間性や一般常識、倫理観を教える場ではない」と言う人がいます。
本当にそうでしょうか。高度な知識や技能にはそれに見合うだけの人間としての高潔さが伴わなければなりません。
どんな高性能なエンジンを積んでいてもブレーキが効かない車はただのゴミです。
人格を育てずに知識と技能だけ詰め込むのは碌な結果を生みません。
高度な知識や技能は人間としての高潔さがあってはじめて価値があります。

大学には知識と技能だけでなくそれを社会のために正しく使うことを教える責任があるのではないでしょうか。
静岡大学も琉球大学も国立大学であり、多額の税金が投入されています。
それは社会的見返りを期待してのはずですが、犯罪者やテロリストを輩出するのであればそれは全くの無駄であるばかりか有害と言えます。

花森弘卓は静岡大学の特待生だったため授業料は免除されていて、年間200万円の税金を食いつぶしながら大学に通っていたと思われます。

・・・

国立大学の腐敗は今に始まったことではありません。
オウム真理教事件にも多くの国立大学学生や卒業生が参加しました。
このような異常な行動をする人物が「一部の例外」ではないことは私がこの目で見てきました。
人格破綻者が人格破綻者を再生産する地獄がそこにはあったのです。

人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべき

腐敗はもうどうすることもできません。国立大学なんか解体するしかないのです。
政府が「稼げる大学」だの言ってますが、大学が稼げないのはそもそもコストに見合うだけの価値を創出できてないからに他なりません。
税金投入でしか維持できないような国立大学は社会のお荷物であり、単なるお荷物ならまだしも治安の脅威という害悪まで撒き散らしています。

解決策は単純で、国立大学に対する支援を全部やめて私学の補助金も廃止することです。
奨学金も民間のもので十分です。

政府も本音は国立大学を切りたいでしょうから、民意がそれを後押しすれば国立大学の解体は十分可能だと思います。
一番ダメなのは国立大学関係者の「基礎研究が」「科学が衰退する」という論調に騙されて民意が国立大学の存続に賛成してしまうことです。

基礎研究は民間で十分できますので科学は衰退しません。
民間が基礎研究をやらないのは国立大学にそれを奪われてるからに他ならないのです。

具体的な国立大学解体ビジョンは過去記事に書いてますのでご参照ください。
NHK、国立大学解体後の組織再編案

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