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日暮里の宗林寺でお花見

2022.03.22 Tuesday

今から2年前の2020年3月24日、日暮里(東京都台東区)の宗林寺に行ってきました。
東京に来てちょうど5年の節目の日に当たります。

ちなみに今年は上京7年に当たるため、今月は松阪と多気町に行こうかなと思ったりしてます。(後述)



地図を見てわかる通りこのエリアは谷中と呼ばれ、たくさんのお寺が密集しています。
これは江戸幕府の政策によるもので、宗林寺もそれによって移転してきたお寺のひとつです。

宗林寺は1579年、徳川家康の側近の斎藤宗林が舟守祖師を本尊として駿府(現在の静岡県)に創建しました。
そして、徳川家康の入府に伴って神田と上野を経て、最終的に現在の場所に移転しました。

谷中にあるたくさんのお寺の中でなぜ宗林寺に行こうと思ったのか、このブログの読者の皆さんならご存知でしょう。
かの宗林由樹が属する三重のマイナー名字、宗林家のルーツを探る上で何らかの手がかりが得られるかもしれないと考えたからです。

三重県松阪市や多気町を中心に分布する宗林家の出自を暴くべく、住職さんに話を聞きに宗林寺へと足を運びました。

・・・



宗林寺の正門です。


庭はよく手入れが行き届いており、大都市にあるとは思えないほど落ち着いた良い雰囲気のお寺です。


三分咲きの桜を見ながら日向ぼっこをしてました。

ぼーっとしながら宗林寺の名前の由来にもなった斎藤宗林に思いを馳せました。
斎藤宗林は一体どんな人物なのか。肖像画は残っておらず、江戸時代にはもちろん写真もありません。
彼の死にも諸説があります。

高天神斉藤(斎藤)宗林の死に二説あり - daitakuji 大澤寺 墓場放浪記

・・・

さて、少し考え事をしてから宗林寺の事務所の方へと足を運びました。
目的は前述の通り住職さんに宗林家との関係を聞くことです。

話を伺ったところ、三重県を中心に分布する宗林家と斎藤宗林に直接の関係はないとのことでした。
また、全国に点在する宗林寺とも無関係とのことです。

お忙しい中御丁寧に対応してくださった住職さんにはこの場を借りて感謝いたします。
ありがとうございました。

ちょっと残念な結果になってしまいましたが、直接の関係がないという事実を知れたのもひとつの収穫であると言えます。
個人的には「直接の」関係がないだけで、徳川家の松阪周辺に対する影響力を考えるとその側近である斎藤宗林が宗林家のルーツに何らかの影響を及ぼしていると考えてます。

これは松阪と多気町に行った時の宿題にしようと思います。
松阪の旅の計画は既に立てていて、松阪市の歴史資料館で同じことを聞いてみたり、宗林由樹の聖地など多くのスポットを訪れて宗林家の人物への接触も予定してます。

やはり宗林家のことは宗林家の人に聞くのが最も手っ取り早そうです。
乞うご期待!

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