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国立大学は無駄であるばかりか有害だ

2021.08.30 Monday

東京都品川区、白金高輪駅で男性が硫酸をかけられる事件がありました。
たまたま近くに居合わせた女性も巻き添えで硫酸がかかりました。

都内でも有数の裕福な地域だったことから、当初は妬みによる富裕層を狙って通り魔だろうと思ってました。
しかし捜査が進むにつれて犯人の名前や被害者との関係が特定され、そして昨日ついに逃亡先の沖縄で逮捕されました。

犯人は静岡大学の学生、花森弘卓です。
被害者は琉球大学のサークルの後輩で、在学中にアカハラがあってその続きか反撃で事件が起こったと考えられます。

私はこの事件が発生した当初から大学生または院生の犯行ではないかと予想していました。
今回の記事では事件が発生した背景や、「うちの学生だ」と名乗り出なかった静岡大学の無責任体質、そして税金を投入した教育が無駄であるということについて述べます。

・・・

以前から何度も記事に書いてますが、私は京大大学院の在学中にアカハラを受けており、こういう事件とは常に隣り合わせの状況でした。

京アニ事件の時に次は京大が事件現場になるかもしれないという記事を書きました。
次は京大が事件現場となるか?
私は京大の宇治キャンパス、化学研究所に2年半いましたが、このような事件が起こる下地は十分にありました。
思い出すと本当に恐ろしいです。

大学内には凶器となるものがたくさんあります。
フッ化水素酸、有機溶媒、爆発物、有毒ガス、NMRの液体ヘリウムや液体窒素などどれもぶちまければ大ごとです。
そしてアカハラが到るところで発生しているため、いつかそれが火種となってヘキサンとフッ化水素酸とニトロベンゼンを撒いて火をつける事件が起きないとも限りません。
そこまで派手な事件でなくとも毒を盛るぐらいのことは十分に有り得ることです。


硫酸よりも遥かに危険なフッ酸を扱っていたためフッ酸によるアシッドアタックにも言及しています。
フッ化水素酸と核開発の関係

京大宇治キャンパスでテロが発生し、京アニのように丸ごと燃えるような状況を想定した避難マニュアルまで書いてます。
京大宇治地区でテロがあった場合の避難方法

要はこんな記事を書かないといけないほど大学は落ちぶれているということです。
そして予想していたとおりアカハラを発端とした事件が起こってしまいました。

それも大学の外で一般人を巻き込む形でです。

・・・

花森弘卓の地元は静岡で、生物学者を目指していたことから琉球大学農学部へ行きました。
しかし両親が相次いで他界した影響で2020年3月に静岡大学農学部に3年次編入する形で地元に戻ってきました。
ということは留年してなければ現在は4年生だったことになります。

被害者の男性は琉球大学の映画サークルの後輩だったようです。
おそらくサークルでアカハラやトラブルがあり、その続きか反撃で事件が起こったのだと思われます。

そして硫酸は静岡大学から持ち出したと思われます。

・・・

一番悪いのはもちろん花森ですが、琉球大学と静岡大学にも重大な責任があります。
未だに琉球大学も静岡大学もだんまりを決め込んでいるのはどういうことでしょうか。
硫酸の持ち出しを許したであろう静岡大学に至っては犯人が見つからなければこのまま黙ってるつもりだったようです。
事件の発端となった琉球大学も監督責任を果たしてなかったためにアカハラが発生し、それが大学を出た後も継続してしまったと言えます。

琉球大学と静岡大学は一体何を教えてたのでしょうか。

こんなことを言うと「大学は学問をやる場所であって人間性や一般常識、倫理観を教える場ではない」と言う人がいます。
本当にそうでしょうか。高度な知識や技能にはそれに見合うだけの人間としての高潔さが伴わなければなりません。
どんな高性能なエンジンを積んでいてもブレーキが効かない車はただのゴミです。
人格を育てずに知識と技能だけ詰め込むのは碌な結果を生みません。
高度な知識や技能は人間としての高潔さがあってはじめて価値があります。

大学には知識と技能だけでなくそれを社会のために正しく使うことを教える責任があるのではないでしょうか。
静岡大学も琉球大学も国立大学であり、多額の税金が投入されています。
それは社会的見返りを期待してのはずですが、犯罪者やテロリストを輩出するのであればそれは全くの無駄であるばかりか有害と言えます。

花森弘卓は静岡大学の特待生だったため授業料は免除されていて、年間200万円の税金を食いつぶしながら大学に通っていたと思われます。

・・・

国立大学の腐敗は今に始まったことではありません。
オウム真理教事件にも多くの国立大学学生や卒業生が参加しました。
このような異常な行動をする人物が「一部の例外」ではないことは私がこの目で見てきました。
人格破綻者が人格破綻者を再生産する地獄がそこにはあったのです。

人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべき

腐敗はもうどうすることもできません。国立大学なんか解体するしかないのです。
政府が「稼げる大学」だの言ってますが、大学が稼げないのはそもそもコストに見合うだけの価値を創出できてないからに他なりません。
税金投入でしか維持できないような国立大学は社会のお荷物であり、単なるお荷物ならまだしも治安の脅威という害悪まで撒き散らしています。

解決策は単純で、国立大学に対する支援を全部やめて私学の補助金も廃止することです。
奨学金も民間のもので十分です。

政府も本音は国立大学を切りたいでしょうから、民意がそれを後押しすれば国立大学の解体は十分可能だと思います。
一番ダメなのは国立大学関係者の「基礎研究が」「科学が衰退する」という論調に騙されて民意が国立大学の存続に賛成してしまうことです。

基礎研究は民間で十分できますので科学は衰退しません。
民間が基礎研究をやらないのは国立大学にそれを奪われてるからに他ならないのです。

具体的な国立大学解体ビジョンは過去記事に書いてますのでご参照ください。
NHK、国立大学解体後の組織再編案

新型コロナファミリーは治療薬で終息する

2021.08.23 Monday

先日8月15日は終戦記念日でした。
1945年に太平洋戦争が終結してから76年になります。
コロナとの戦争も早く終わってほしいと願ってやみません。
間違ってもこれが人間同士の戦争に繋がるようなことはあってはなりません。

また、その日は当店にとっては創業記念日です。
店を始めたのが2013年8月15日、あれから8年経ちました。
現在、8周年を記念した新商品を企画しているところです。
業者と交渉中なので実現できるかどうかまだわかりませんが、決まれば発表しますので楽しみにしていてください。
今までやったことのない初めての挑戦をします。

・・・

さて、今回の記事ではこれまでのコロナの解説記事を振り返りつつ、それをもとに今後を見通していきたいと思います。
ウイルスの戦略、人々の行動パターン、ワクチン、治療薬、経済動向などかなり多面的に見る必要があるため、今回は目次をつけることにします。

目次
1. 新型コロナファミリーの名称について
2. 元祖新型コロナ(COVID-19)は終息したか
3. ファクターXの正体は結核の洗礼か
4. 人類と駆け引きするCOVID-21
5. ワクチンは感染拡大を防げない
6. 治療薬こそが終息の切り札
7. 米ドル/スイスフランから見る世界のコロナリスク

・・・

1. 新型コロナファミリーの名称について

まず新型コロナファミリーの名称について述べます。
巷では「コロナウイルス」「新型コロナウイルス」「COVID-19」「COVID-21」「SARS-CoV-2」「◯◯型変異種」など様々な名前で呼ばれてますが、それぞれ種類や範囲が異なるので区別しなければなりません。

単に「コロナウイルス」と言えばニドウイルス目コロナウイルス科に分類されるウイルスの総称で、本来は全く無害だったり普通の風邪程度の症状に収まる程度のウイルスでした。
それが自然に、あるいは人為的に変化して強い攻撃性を持ったのが「新型コロナウイルス」または「SARS-CoV-2」で、武漢で最初に発見されたこの初期型が「COVID-19」です。

コロナ禍が始まった頃はCOVID-19しかありませんでしたので、新型コロナウイルスとSARS-CoV-2とCOVID-19は同じウイルスを指してました。
しかし現在では様々な変異種が派生してますのでCOVID-19という呼称は初期型に対して以外は使うべきではないと考えます。
当ブログではCOVID-19を祖先とするウイルスの総称として「新型コロナファミリー」と呼ぶことにします。
新型コロナファミリーはSARS-CoV-2と同義です。

学術的には全て同種として扱われている風潮があるようですが、変異種ごとに性格や危険性がだいぶ変わってきてますので完全に別種のウイルスとして区別されるべきです。
炭疽菌とセレウス菌と卒倒病菌は同種と言えるほど遺伝的に似てますが、混同された場合の危険があまりに大きいことから便宜上別種として扱われています。
このブログではデルタ株を初期型と区別するためにCOVID-21と呼ぶことにします。


2. 元祖新型コロナ(COVID-19)は終息したか

コロナ禍が始まって間もない頃、多くの識者はSARSのようにすぐ終息すると予想していました。
それはある意味では正解だったのではないかと思います。

初期型のCOVID-19、つまり武漢で発見された頃のまま全く変異していないウイルスはほぼ絶滅したと考えられます。
それはワクチンや集団免疫による抑え込みに成功したこと、そして変異種との競争に敗れたことによります。
もしCOVID-19が全く変異しないウイルスであれば多くの識者が予想してたとおり今までコロナ禍が続くこともなかったでしょう。

しかし実際は終息する前に変異種が派生して世代交代することで集団免疫を突破したり戦略を変えることでいつまでも続いてしまってます。
新型コロナファミリーが変化しやすいウイルスだったというのが識者の誤算でした。


3. ファクターXの正体は結核の洗礼か

日本では欧米に比べて新型コロナファミリーの重症者が少ないことが以前から指摘されていました。
これはファクターXと呼ばれていて、当ブログでもそれについて触れたことがあります。

DNAに残る人類とウイルスの攻防戦
COVID-19は「ただの風邪」なのか

ファクターXの正体は日本人の重症化遺伝子保有率が低いこと、人口の30%は重症化を防ぐ遺伝子を保有していることで答えは出たのではないかと思います。
しかし何が日本人の重症化遺伝子保有率を下げたのかという疑問が残ります。

以前、BCGがCOVID-19の感染や重症化を防げるのではないかと言われてたことがあります。
これはBCGの接種率の高い国ほどCOVID-19の感染者や重症者が少ない傾向があることが論拠となってます。
しかしBCGは結核を防ぐためのワクチンであってウイルスを防ぐものではありません。
結核がCOVID-19とよく似たウイルスなら交差免疫でCOVID-19も防げるという話に説得力がありますが、結核は細菌であってウイルスですらありません

結核のために作られた免疫が結核以外の物に反応してしまうとそれはそれで困ったことになります。自分を攻撃してしまうのです。
COVID-19の免疫が変異ウイルスに効かなくなるように、免疫は相手の少し形が変わってしまうだけで手が出なくなってしまいます。
実際のところBCGが免疫を活性化させて結核以外の病気の耐性を高めるという研究結果もありますが、BCGはそのような使い方を想定していないため日本ワクチン学会はコロナの予防を目的としたBCG接種を推奨しないという見解を出しています。

そもそも日本でBCG接種がほとんどの人に対して行われているのは古くから結核の流行がしばしば起きていたためです。
今でこそ昔の病気のように言われてますが、それでも年間2万人も結核患者が出てます。
結核も肺炎を起こすところが新型コロナファミリーと似通ってます。

ということは結核も新型コロナファミリーと共通の重症化遺伝子を攻撃に利用してる可能性があり、もしそうであれば結核が流行することで重症化遺伝子が淘汰されるはずです。
つまりBCG接種率の高い国ほど重症化率が低いのは過去の結核の流行を反映した擬似相関であることが考えられます。


4. 人類と駆け引きするCOVID-21

昨年4月の記事、コロナウイルス(COVID-19)の戦略を読み解くでは、COVID-19には以下の性質があると述べました。

・若者は発症しにくい、発症したとしても軽症で済む場合が多い
・小児は発症しにくい
・持病があると重症になりやすい
・発症前に嗅覚や味覚の異常が現れる場合が多く見られる
・若者、小児も発症し死亡する場合がある

それがCOVID-21(デルタ株)ではどのように変化したでしょうか。
若者でも発症、重症化が目立つようになり、小児でも感染例が報告されています。
持病があると重症化しやすいのは変わりませんが、持病がなくても重症化が起こることがあります。
味覚や嗅覚の異常が回復後も元に戻らないケースも多数報告されています。

若者の重症化が増えていることはただ単に感染者が増えたことで説明できると言う人もいますが、私は若者をあえて攻撃する戦略がうまく行ったからこそCOVID-21の世界的な感染拡大が起きてるのではないかと考えます。

COVID-19は若者に対する攻撃を避けていました。それは攻撃して発症させたり重症化させるよりも無症状にして「乗り物」として利用したほうが合理的だったからです。
しかし各国でロックダウンや外出自粛要請が行われた結果、若者を乗り物として利用することは合理的ではなくなりました。
ロックダウンしても家庭内感染は抑えられないため、ヨーロッパ諸国では医療崩壊が起きる事態となりました。

医療崩壊が起きると感染者を家族や友人が助けなければならなくなり、ウイルスにとっては感染を広げるには有利な状態となります。
そのため、COVID-19やその変異種はどういう戦略を取れば効率よく医療崩壊を起こせるか模索することになります。
実際は最も早く医療崩壊を起こすことができた変異種が生き残るという話なのですが。

ところで個人の行動と集団の行動は分けて考えなければなりません。
インフルエンザやCOVID-19など、多くの病原性のウイルスは個人の行動を読んで行動しています。
例えば熱が出ると病院に行く、病院で感染を広げる、多くの人にそういう行動パターンがあるからこそインフルエンザは攻撃して熱を出させるのです。
これはウイルスはなぜ宿主を攻撃するのかで解説しています。

では攻撃性が強ければ強いほどいいかと言うとそうではありません。
致死率が時には90%にも達するエボラ出血熱は宿主をすぐに死なせてしまうため感染を広げることができません。
エボラ出血熱が蔓延している地域には遺体を埋葬する際に切り開くような危険極まりない儀式があり、そういう習慣のある地域でのみウイルスが生き残っているのです。
ウイルスが感染を広げるためには個人だけでなく集団の行動も読む必要があるのです。

コロナファミリーは感染した宿主が若いのか年寄りなのか、太ってるのか痩せてるのか、持病があるのかどうか、認識して攻撃を加えることができます。
実際はそこまで賢くないのかもしれませんが、感染した場合に無症状だったり重症化したり症状に個人差があって一貫性がないのがこのウイルスの特徴と言えます。
一貫性がないため無症状者を乗り物として利用する一方、気まぐれに攻撃を加えて医療崩壊を引き起こし、人々を恐怖に陥れます。

厭らしいほどの微妙なさじ加減で人類と駆け引きをしているように感じます。


5. ワクチンは感染拡大を防げない

COVID-19のワクチンの開発に成功した頃、これでコロナ禍が終わると誰もが信じてました。
2021/08/21現在、日本では全人口の半分以上がワクチンを1回以上接種し、4割が必要回数の接種を終えています。
これは感染拡大にブレーキを掛けるに十分なほど集団免疫を獲得したと言えそうですが、残念ながら感染拡大が止まる気配はありません。
もはやワクチンは感染拡大を止める上であまり役になってないと言えます。

ではワクチンが全く無駄なのかというとそうではありません。
重症化する確率を下げる効果はありますので、高齢者や持病がある人は打っておいたほうがいいのではないかと思います。
あくまで重症化する確率を下げるのであって重症化を完全に防ぐわけではありませんし、感染すれば無症状のままウイルスを撒き散らすこともあるでしょう。
しかし重症化を防ぐことができれば医療崩壊に加担したり助けようとした人に感染させるというCOVID-21の策略にハマることを防げます。今のところは。


6. 治療薬こそが終息の切り札

ワクチンが感染拡大を防げないとなると次の切り札は治療薬です。
タイトルにもしてるように、治療薬こそが新型コロナファミリーに打ち勝ち、コロナ禍を終焉させる切り札となるのではないかと考えてます。

ただしそれには条件があります。

・治療薬がドラッグストアや通販で誰でも安く買えること。
・どこの家の薬箱にも常備されて、コロナかと思ったらすぐに服用できる状態にあること。

この2つが達成されると新型コロナファミリーは急速に勢いを失っていくはずです。
逆に言うとそうならなければ治療薬があっても感染拡大がしばらく続くことになります。

それを踏まえた上で、治療薬登場による終息のシナリオを予想してみます。

コロナの症状が出た人が自分で薬を買って飲むことができれば病院に行く必要がなくなります。そのため道中や病院でウイルスを撒き散らさずに済みます。
薬箱に常備されていると症状の出始めに自己判断ですぐ飲めるため重症化も起こりにくくなるでしょう。医療現場から重症患者が減ってしだいにほとんどいなくなります。
医療が元の機能を取り戻し、医療崩壊を原因とする感染拡大が抑えられます。

ウイルスの攻撃が無効化されると攻撃性の強い変異株と弱い変異株の生き残りやすさが同じになります。
攻撃は精密なロジックで実現しているため、確率的には攻撃性が強まるよりも弱まる方向のほうに変異が起こりやすいはずです。
生き残りやすさが同じであれば攻撃性の弱い変異株が徐々に増えて、攻撃性の強い株は弱い株に数で負けて埋もれていきます。
やがて新型コロナファミリーは弱毒化して姿を消すと考えられます。


7. 米ドル/スイスフランから見る世界のコロナリスク

最後に為替相場からアメリカおよび世界のコロナリスクについて分析します。
コロナ禍が始まって以来、私も含めて様々な識者や専門家がコロナのリスクや見通しについて分析してきましたが、最も信頼できるのは投資家の行動でありそれを反映した相場であると考えてます。
予想を外してもゴメンナサイと言ったり単にすっとぼけておけば懐も痛まないような識者と違い、投資家は身銭を切りながら自分が立てたシナリオを信じて投資してますので、公共の電波やネットで講釈をたれてるような識者よりもよほど現状を正確に掴んでいるはずです。

識者や専門家はしばしば認知の歪みによって自分に都合の良い情報ばかり見てしまった結果予想を外すことが多々あります。
投資においても認知の歪みは大敵なため、多くの投資家は認知の歪みを是正するために訓練しています。
もちろん全ての投資家が正しいわけではありませんが、たくさんの投資家が寄り集まって形成される相場は投資家の総意であるためその信憑性は非常に高いと言えます。

多数の投資家が少数の専門家に勝るという例をひとつ紹介します。
1986年にスペースシャトル、チャレンジャー号が打ち上げ74秒後に爆発し、即座に株式市場が反応してスペースシャトルの部品を作っていた4社の株が下がり始めました。
ところが事故から20分が経過すると1社の株だけが勢いよく下がり始めて取引停止に追い込まれました。
それはOリングを作っていた企業で、専門家たちの調査によってOリングが原因だったことが判明したのは半年後のことです。
専門家が半年かけてやっと見つけられる答えを株式市場はその日のうちに出してしまったのです。

コロナのリスクを反映する指標はVIX指数や保険会社の株価などいろいろありますが、当記事では私にとって最も馴染みがあり多くの人が理解しやすいであろう為替相場を取り上げることにします。
以前にも昨年2月、3月に為替相場からコロナを分析する記事を書いています。

為替相場から見るコロナウイルスの動向
為替相場から見るコロナウイルスの動向(2)

以前の記事では米ドル/スイスフランが世界のコロナリスクを反映すると述べましたが、それは正しかったし今でも正しいと思います。

この記事を書いた時点ではそもそもスイスにコロナは入ってこれない、入ってこれたとしても感染が広がることはないと考えてました。
しかしその予想は見事に外れ、むしろ他のヨーロッパ諸国以上に感染が拡大してしまいました。

ではスイスフランをコロナに対する安全資産だと考えるのは間違っていたのでしょうか?
そうだとは思いません。スイスで感染が拡大してもスイスフランは安全資産であり続けるでしょう。

スイスは永世中立国のため、スイス国民は全員が兵士であり日頃から有事を想定して生活しています。
スイス国民には感染が拡大して死者が出てもパニックを起こして二次被害を広げないメンタルの強さがあります。
二次被害とは経済が疲弊して貨幣価値まで下落することです。
もしスイス経済が疲弊するとスイスフランの安全神話も崩壊し、安全資産だと信じて保有していた世界中の投資家や資産家がスイスフランを売ってしまうことでしょう。

この状況がどれほどまずいかスイス国民が一番よくわかっています。そのためスイスは貨幣価値を守るために少々の犠牲をも厭わず経済を優先しました。
戦争並みに死者が出たとしてもこのスタンスは変わらないでしょうから、スイスフランは今後も安全資産であり続けます。


これは米ドル/スイスフランの週足チャートです。ローソク足1本が1週間になります。
下に行くほどスイスフランが高くなるので、コロナファミリーの感染拡大とよく連動していることがわかります。

ところで対円のスイスフラン/円を見れば日本のコロナリスクを読み取れるのではないかと思うかもしれませんが、それは少し難しいです。
なぜならスイスフラン/円は米ドル/スイスフランと米ドル/円の掛け合わせであるためコロナ以外の影響も強く受けてしまったり複雑な動きをするからです。
FX投資家の間では米ドル/円は結構癖のある通貨ペアとして知られています。

米ドルはアメリカの通貨ですが、世界の基軸通貨でもあるため米ドルの強さは世界経済全体を反映します。
そのため米ドル/スイスフランは世界全体のリスクを反映することになるのです。

さて、チャートを見てわかるようにコロナ禍前は米ドルとスイスフランの価値は同じくらいでした。
それが今ではスイスフランが米ドルより1割も高くなってしまってます。
スイスフランが最も高くなったのはCOVID-21出現直後の今年1月なので、世界のコロナリスクは既にピークを過ぎたようにも見えます。
第5波の谷の現れ方が不明瞭なのは治療薬の登場を投資家たちが予測してるからかもしれません。

もし治療薬が登場したところでそれが本当に効くのか、それともアビガンの二の舞になるのか。
それも米ドル/スイスフランがひとつの判断基準になりそうです。

人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべき

2021.07.23 Friday

東京2020オリンピックがついに強行されることになりました。
そして小山田圭吾、のぶみ、ラーメンズなどボロが次々に出て炎上聖火リレーの様相を呈しています。

今回の記事では彼らの炎上、特に小山田圭吾に絞って人の上に立つことの重大さについて取り上げたいと思います。

・・・

小山田圭吾はコーネリアスというバンドに所属し、オリンピックの開会式の曲を担当するはずでした。
しかし1995年に投稿した雑誌の記事で義務教育の頃にいじめをしてたことを自慢していたためそれが蒸し返されて炎上し、曲の制作から外れることになりました。
雑誌に投稿したのは27年前、いじめは40年前の話です。かなり昔のことなのでSNS上でもいいのでしっかり謝罪すれば許された可能性も高かったでしょう。
ろくに謝罪もせず辞任で終わらせようとする態度も炎上に油を注ぐことになりました。

大昔のことを蒸し返されてかわいそうだと言う人がいますが、小山田の悪行は業界では有名でした。
私も以前存在した「クソガキどもを糾弾するホームページ」を見ていじめをやってたミュージシャンの存在自体は知ってました。

コーネリアスこと小山田圭吾の悪行(ウェブアーカイブ)

おそらく雑誌に掲載された後も音楽仲間にはいじめを武勇伝のように自慢してたのでしょう。

・・・

小山田のファンの中には擁護する人も少なくないようで、ツイッター上ではそれが論争を巻き起こしています。
例えば「作者と作品は別」という論調をここぞとばかりに吹聴する者が多数出てきました。

この意見に対して私は「クソが作ったものは問答無用でクソ」だと考えます。
コーネリアスの曲をユーチューブで聴いてみましたが特にいい曲とは思えませんでした。
これが小室哲哉のような作風なら結末もまた違ったかもしれません。

実際に小室哲哉は逮捕されたことがありますが、現在では復帰していてファンもたくさんいます。私も小室哲哉のファンです。
小室哲哉はそれほど問題のある人物ではなく、単に世渡りが下手だったためにトラブルに巻き込まれたのだと私は考えてます。
本当に小室哲哉が悪人ならあれだけのヒットを出すことはできなかったでしょう。

翻っていじめをするような心の汚れた人物に良い芸術作品が作れるでしょうか。答えはノーでしょう。

これは小山田から炎上聖火が引き継がれたのぶみを見てるとよくわかります。
のぶみは絵本作家ですが、子どもに読ませるには大いに問題のある絵本を書いてるため子育てをしてる人からは蛇蝎の如く嫌われています。
のぶみの絵本を読んだことがありますがどれもこれも酷いものでした。いくつかまともな本もあると思ったら今度はパクリだったというオチ付きです。

のぶみがクソであることはのぶみの作品がクソであることとセットだという意見に多くの人は異論がないと思います。
ところが小山田に関しては彼の音楽が好きだという人が一定数いて、それがどうやら「作者と作品は別」という派閥と、「作品が悪くないので作者も悪くないはずだ」という派閥に分かれているようです。

歴史上の芸術家の中に性格に問題があったと言われてる人は少なくありません。
生きてないことをいいことに事実とは異なる人物設定を付け加えられたケースもかなりあると思われますが、それが事実だったとしても作品に対する評価は揺るぎないものがあります。
このことから、作者と作品を分けて評価する論調にも一定の社会的コンセンサスがあるようです。

・・・

では小山田が小室哲哉のような万人受けする曲を作っていたら辞任しなくてもよかったのでしょうか。
それもまたノーです。

オリンピックの開会式の曲を作曲するとなればそれは日本を代表する作曲家として名乗りを上げるも同然です。
東京2020に参加することはどうやら不名誉な経歴になりそうですが、本来であればオリンピックに携わるのは他の作曲家から眺望の眼差しで見られるようなことです。
そして本来であればこの経歴はキャリアとなり、オリンピック後は多くの作曲家を指導する立場になっていくことでしょう。

このことはすなわち人の上に立つということに他なりません。
人の上に立つということは他人の人生や社会に大きな影響を与え、多くの人のお手本になるということです。

お手本になる人がいじめをするような人でいいでしょうか?

いい訳ありませんね。
作曲に限らず、人の上に立つ人間は人一倍高潔であるべきです。
これは日頃から批判している国立大学の教員にも当てはまります。

性格が悪くても研究実績さえ上げてたらいいという話ではないのです。
地位にかこつけて多くの学生や研究者を指導する立場であるからこそ人間としての高潔さが求められるのであり、それなしにはいくら研究能力に長けていても地位を与えてはいけません。
もし地位にかこつけてハラスメントを行うような者がいたら直ちにその地位を剥奪すべきです。

・・・

また、人の上に立つということはその下にいる人の責任まで引き受けるということでもあります。
小山田はいい歳ですので既に多くの後輩を指導されてることでしょう。もしその後輩がいじめなどをしていたらそれは小山田の責任でもあります。
音楽にしても学術研究にしてもろくでもない指導者のもとでろくな人間は育ちません。
負の連鎖を起こさないという意味でも人の上に立つ人間は高潔でなければならないのです。

冬の沖縄旅行記 3日目

2021.07.08 Thursday

冬の沖縄旅行記 1日目2日目の続きです。

気づけばあれから半年近くなりますが、本日7月8日は那覇の日なので今日で沖縄旅行の記事を完結させます。


沖縄に来ることは滅多になく、次がいつになるかもわからないので1日目と2日目でお土産を大量に買いました。
ここに写ってる他にさらに空港でも買ったのですが、これだけ買っても帰ってから2週間ぐらいで全部なくなりました。
チンアナゴドロップは好きなツイキャス配信者に贈るお土産です。

これだけお土産があると荷物をまとめるのも大変です。
お土産が破損しないように荷物の詰め方を工夫しました。

ホテルのチェックアウトは11時、飛行機の出発は13時です。
そして12時にはゆいレールフリー乗車券の期限が切れるので急いで空港へと向かいます。

・・・と言いたいところですが、空港へ向かう途中で行きたい場所があったのでそこに立ち寄ることにしました。



はい、何の変哲もない公園ですね。


ん?



漫湖公園、なんと素敵な名前の公園でしょうか!

この公園は桜、藤、ハイビスカスなど多種多様な花が植わっていて見頃になると写生大会が行われるそうです。
沖縄と言えどもさすがに冬だと花はポツポツとしか咲いてませんでした。

このすぐ近くには漫湖という湖があります。漫湖にある公園だから漫湖公園、そのまんまですね。
漫湖水鳥・湿地センターという博物館的な施設もあるので行ってみたかったですが、あいにく時間がないので空港へと急ぎます。
漫湖公園は空港からあまり離れてないので、帰るまでのちょっとした時間つぶしにはおすすめです。

次回来た時は漫湖水鳥・湿地センターに行ってみようと思います。

・・・

フリー乗車券の期限が切れる前に無事空港に到着しました。


沖縄うどん。ラフテーが入ってます。

まだまだ時間があるので前述の通りお土産を追加で買いました。
そしていよいよ飛行機に乗り込みます。


行きはスカイマークでしたが帰りはピーチです。また、行きは羽田空港から出発しましたが帰りは関西国際空港行きです。
つまり、広島の時と同じく実家に帰るということです。


那覇空港は滑走路を自衛隊と共有してますので、自衛隊機や自衛隊の格納庫が見えます。
陸海空、全ての自衛隊施設が那覇空港にあります。


さらば沖縄、また会う日まで。


何やら美しい島が見えます。手前から神山島、クエフ島、ナガンヌ島、奥に見えるのが前島とその周辺の島です。
どれもとても綺麗な島のようなのでいつか行ってみたいです。


あっという間に飛行機は雲の中へ。飛び立ってから7分程度ですが、もう美ら海水族館の近く、伊江島の沖に差し掛かってました。


徳島上空。広い谷を流れる川は吉野川です。
なんか既視感のある景色だなと思ったら、2008年にオーストラリアに行った時の帰りにもこの景色を見たのでした。
この景色を見ると「ああ、もうだいぶ帰ってきたんだな・・・」と思いますが、2008年のそれは帰ってから怒られることが約束されていたため、かなり気が重かったです。

今回はもちろん帰ってから怒られるようなことはありませんが、ちょっと嫌なことを思い出してしまいました。


明石海峡大橋。小さく見えますが実物は巨大です。


神戸空港。このすぐ近くを通ってぐるっと旋回して関西国際空港に着陸します。

2時間のフライトはあっという間でした。
実家に帰るにはここからさらに3時間かかります。

関空特急はるかは運休していたようなので鈍行で帰りました。


JR京都線の車窓から。

家についた頃には18時を過ぎてました。

・・・

今回の沖縄の旅はあっという間でしたが、冬場ということもあって観光客も少なくのんびり楽しむことができました。
是非来シーズンも行ってみたいです。
美ら海水族館など同じところに行ってみるのもいいですが、沖縄本島だけではなく周辺の島々を訪れたり、さらに数百キロ足を伸ばして石垣島や宮古島にしてもいいなと思いました。

また、今回は前回の広島と違って完全なる一人旅でした。
一人旅ってこんなに楽しいんだなあと気づいたのが今回の旅の大きな収穫であります。

関西圏や関東圏の一人旅はよくしてましたが、一緒に行く人がいないので仕方なく1人で行ってるようでどことなく寂しさを感じる旅になりがちでした。
しかしこの沖縄旅行は1人でも全く寂しくなく、むしろ1人でいることを最大限に楽しめました。

これは沖縄が一人旅に適しているのか、それとも歳のせいなのでしょうか。

冬の沖縄旅行記 2日目

2021.05.31 Monday

だいぶ間が開いてしまいましたが、冬の沖縄旅行記 1日目の続きです。

1月16日、この日は今回の旅のメインでもある美ら海水族館へと足を運びます。


乗車する那覇バスターミナルは旭橋にありますので、ゆいレールで2駅隣りの旭橋へと向かいます。
朝9時36分にホテルを出ました。


美栄橋駅から撮影。遠くにタワマンが見えます。
住んでるのは本土からの移住者でしょうか。

旭橋でバスに乗り込み、美ら海水族館への長い旅が始まります。
普段夜行バスは年間10往復以上とかなり高頻度に利用しますが、昼間の高速バスはめったに利用しないのでとても新鮮でした。
バスからの景色を眺めてるだけでいくつものおもしろい発見がありました。


那覇はタワマンが立ってるほどの都会ですが、沖縄の大部分の土地は本土と同じく田舎です。
バスが沖縄唯一の高速道路である沖縄自動車道に入るとあっという間に田舎の景色に変わりました。

しかし本土とは少し様子が違います。
本土は比較的険しい山が多いですが、沖縄はこの写真のように山がなだらかで平坦です。
これは地質活動があまり活発ではなく浸食が優位な状態であるからと考えられます。

沖縄諸島はフィリピン海プレートの沈み込む場所にあり、かつては活発な隆起や火山活動があったのでしょう。
しかしある時プレート同士の力関係が変わったことにより沖縄の火山は鳴りを潜め、本土や小笠原諸島がその分活発になったようです。
地質活動による災害がないのはいいことですが、台風には毎年見舞われるため遠い未来に沖縄は浸食されてなくなってしまうかと思うと少し寂しいです。

また、バスの車窓からは時々米軍の車両をお目にかかることができました。
もっとも米軍車両は東京の横田基地近くで見慣れてますのでさして珍しいものではありません。
しかし沖縄にあって東京にはないものがあります。それは米軍基地反対運動です。

今までテレビやネットでしか見たことのない米軍反対の看板や垂れ幕を途中で何度も見かけました。
米軍反対の看板は横田基地周辺で探しても決して見つからないものです。なぜ沖縄ではこれだけ米軍が嫌われてるのか不思議に思いました。
その理由は帰りに明らかになります。

・・・


バスの中で沖縄音楽を聞いたり沖縄の歴史や人々の生活について思いを馳せてるうちに沖縄海洋博記念公園に到着しました。




海の生物をモチーフにしたオブジェがありました。
1月とは思えないぐらい花がきれいに咲いてます。


向こうに見えるのは伊江島です。
島の真ん中に乳首のように山がありますが、沖縄本島の地形と同じく全体的に扁平です。

ここから水族館の中に入っていきます。




水槽の魚の写真を取るのは結構難しく、デジカメで撮影するとなぜか青みがかかってしまうことに気づきました。
そこそこ高性能なデジカメを持ってきましたが、なぜかスマホのほうがきれいに撮れるようです。
この3枚の写真を含めて水族館ではスマホのカメラで撮影することにしました。


スイミーのモデルとなった魚でしょうか。
赤い魚に混ざって黒い魚がいないか探しましたがいないようです。


みんな大好きチンアナゴ。


美ら海水族館のシンボルのジンベエザメ。とても巨大です。
海水浴や釣りをしてる時に会ったら絶望しそうですが、攻撃性は低く人を襲うことはほとんどないとのこと。
サメでありながらサメらしい凶暴さがないことがジンベエザメが愛されてる理由でしょうか。


エイの赤ちゃんの骨。可愛いく見えたので思わず写真を撮りましたが、骨になってるということは死んでるということなのでこの形は死の直前の体勢なのでしょう。
それがどういう状況だったか想像すると可愛いと言ってしまうのは罪なことのように思えてしまいます。


上から差し込む光が幻想的で、魚たちがまるで空を飛んでるみたいです。


沖縄に熱水噴出孔があるということは火山活動は完全に止まっておらず今でも静かに続いてるようです。


ステイホームのプロだって(笑)

展示エリアの先にはお土産屋さんがあり、お土産を買って外に出ました。


ウミガメ。人馴れしてるのか人懐っこかったです。




何度見ても飽きない美しい景色です。


ハイビスカスが咲いてました。

水族館の次は海洋文化館に入りました。
海洋文化館のメインはプラネタリウムですが、チケットを買ってから上映までまだ時間があったのでたまたまイベントでやってた1階のダンボール迷路に入ってみました。
すぐ出れるだろうと思ってたらところがどっこい、なかなかゴールにたどり着けません。
上映に遅れると入れなくなるのですごく焦りましたが、結局20分ぐらいで出てこれました。

時間が余ったので海洋文化館の展示エリアを先に見ることにしました。


昔の人が航海に使った船。
写真だとまるでわらで出来てるように見えますが、実物は結構しっかり作られています。
当時の人にとって航海は現代人が宇宙に行くようなもので危険に満ちたものであったに違いありません。
昔の船が展示されてるコーナーにとてもロマンを感じる解説文があったので写真を撮っておけばよかったです。
次来た時は忘れず撮影しようっと。

さて、時間が来たのでプラネタリウムに入りました。
ネタバレは避けますが、安い割にはとてもよかったです。
皆さんも美ら海水族館に来た時はぜひ海洋文化館のプラネタリウムに立ち寄りましょう。

水族館、お土産選び、散策、ロマンに耽る、プラネタリウム、あっという間に時間が過ぎていい時間になってきたので、そろそろ那覇に戻るためバス停へと向かいました。


虹が出てます。



写真を見てお察しだと思いますが、バスを待ってる間にちょうどいいタイミングで天気が崩れてきました。
1日目の暑さに懲りて薄着で来たのでちょっと肌寒かったです。

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帰りのバスは途中で渋滞に巻き込まれました。
バスの中で沖縄の渋滞についてネットで調べてみたところ、鉄道がゆいレールしかない沖縄は車社会なので渋滞が日常的に起こっているようです。
渋滞が起こるなら道路を太くしたり増やせばいいではないかと思いますが、それができない事情が沖縄にはあります。

それは…米軍基地です。
沖縄の土地のかなりの部分が米軍基地として使われており、しかも平坦な場所に基地が作られるので街が基地で分断されてるような場所があちこちにあります。
直線距離では近い場所でも間に基地があると迂回しなければならず、迂回する経路に交通が集中するため渋滞が発生しやすくなります。
どうやらこれが沖縄で米軍基地が嫌われてる大きな理由でもあるようです。

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那覇に戻り、1日目に行ったうみちゅららにもう一度向かいました。
美ら海水族館でもお土産を買いましたが、バスの中で友達からお土産のリクエストがあったからです。

お土産を買ったら次は夕飯です。
2日目は飛梅 久茂地店で食べることにしました。




今回も食べ放題なので昼の分まで食べました。

このお店は飲み屋です。
コロナになったら嫌なので飲み屋じゃない店を帰りのバスで一生懸命探してましたが、ゆいレール沿線にあって値段も手頃な店が昨日の店以外になかったので仕方なく飲み屋に入りました。
しかしそれは結果的に良かったです。
ガラガラでコロナがうつるような状況とはほど遠く、コロナ対策もそれなりにされてたので次回来たときもここで食べようと思います。

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2日目は行きたかった美ら海水族館にも行けてとても良い日になりました。


本日の移動。

日本地図で見る沖縄は小さく見えますが、実際の沖縄は想像以上に大きくて移動にも結構時間がかかることを実感しました。
また、レンタカーを利用しなくても沖縄旅行は十分に楽しめることもわかりました。

沖縄旅行の計画を立ててた頃、「運転できないのに沖縄旅行?」とか言ってくる人がいましたが、ここで断言します。

運転しなくても沖縄旅行は楽しめます!

むしろ沖縄の渋滞を知らない人がレンタカーで美ら海水族館に行こうとすると大変なことになりそうです。
場合によっては渋滞のせいで帰りの飛行機に遅れるとか、そういうこともありえます。
その点バスの運転手はプロですから、渋滞とうまく付き合って遅れを最小限にする術を持ってることでしょう。
土地勘のない場所で乗り慣れてない車を運転する度胸は私にはないです。

3日目に続く。

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